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“やらない”と“できない”

知り合いの編集者が、同棲していた彼女と問題が起きて、何の因果か相談役にされてしまったことがある。
しょうがないから、いろいろ話を聞いてる中で、「彼女がレシピどおりに料理をしない」という話が出てきた。
そんなこと、どうだっていいいじゃないかと思ったのだけれど、離婚にしろ別れる別れないの局面のときには、日常のちっぽけなことが噴出するものらしい。

じつは、わたしもレシピどおりにやらない。
そもそもレシピを見ながら料理をしない。
手順にしろ味付けにしろ、だいたい分かってればどうにかできると思ってやってしまう。

彼が言うには、休日に彼女と一緒にレシピを見ながら料理をすると、ちょっとした隙に、彼女がレシピから外れたことをするのだと。調味料の量がいい加減であったりする彼女のせいで、出来上がりが一味違ってしまうのだと。
「そういうの嫌なんですよ、僕は」

レシピどおりにやらないのが常のわたしからすれば、そういうのが嫌な人もいるのだなあ。
そのときは、その程度に流して聞いていた。
それが最近、ときどき、気まぐれに、レシピどおりにやってみたくなるときがある。
それで、気がついた。
やってみると、できない。
やらないのでなく、自分はできないタイプなのだということが、だんだん明らかになってきた。

レシピとはマニュアル。
世の中には、マニュアルどおりが得意な人がいる。マニュアルさえあれば、きっちり従ってできるという人。
それは創造性がないように思われがちだが、自分にそれができないと分かってくると、マニュアルどおりにできるのはすごいことに思えて、いかに自分がきっちりしてないかを思い知る。

昨日は高野豆腐に挑戦してみた。
初めて作るので、袋に書いてあるレシピに従ってやるつもりだった。
でも、やっぱりできなかった。
まず、鍋の選定からして間違っている。
「高野豆腐が重ならない鍋に」と書いてあったのに、「これでいいや」と選んだ鍋は、8枚の高野豆腐が平らに並べられる広さのものではなかった。
だから、下にいる豆腐だけがどんどん汁を吸ってしまって、あとから水を足したり、顆粒だしを入れ足したり。そんなことをすれば当然、砂糖や塩、醤油も足さなければならなくなり、ちっともレシピどおりではなくなっていく。

20120613a.jpg

ものすごい失敗感で出来上がった高野豆腐。
でも食べてみたら、けっこういけてるお味。
最終的に辻褄が合ってしまうというか、「これでいいや」でそこそこうまくいってしまうから、レシピどおり、すなわちマニュアルどおりができないのかもしれない。

レシピどおりに彼女がやらないと言っていた彼に、今なら言えること。
やらないのではなく、彼女はできないのだよ。
それを言ったところで、彼の「そういうの嫌なんですよ、僕は」に変わりはないだろうけど、数年経って、わたしには自分に関する小さな発見になっている。


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・2年前の今日の日記 「祭りの記憶」

  
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