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今ある機会に

年賀状だけのやり取りになってしまった人、付き合いの輪から退くように消えていった人。
そんな友人・知人の中に、東北出身の方が何人かいて、気になっていた。
ご実家は大丈夫だったろうか?
たまたま被災地に帰っていたりしなかっただろうか?

心配しながらも、その人たちに何かあったとして、自分にできることはあるだろうか?
勇気のない考えが、連絡することを躊躇わせていた。
でも、気になるなら行動すべき!

先週末から簡単な手紙やメッセージを送っていたのが、次々に知らせが届いた今週。
皆一様に、ご実家との連絡がなかなか取れず、安否の確認に時間を要したと書いている。それでも、大きな被害には遭わず無事だったとのこと。
それを知るたびに、節電で寒いのを堪えていたのもあって縮込まっていた気持ちが、ふわ~っと拡がるのを感じた。

無事を知って嬉しい。
もちろん、それはある。が、返ってきた文面から自分の中に拡がる嬉しさは、遠くなった付き合いの距離を越えて音沙汰があったことだった。

百の褒め言葉があっても、たった一つの意地の悪い言葉に心を挫かれることがある。
百の、いや千でも万でも、楽しい時間を共有し、心が通じる実感を得ていたのに、ちょっとしたことが付き合いの距離を遠ざけることがある。
ちょっとしたことは、数字にすれば1にも満たないちっさなことかもしれない。
ちっさいけれど、言葉ですんなり伝え難い複雑なことであったりする。
だから、難かしい。

遠ざかった付き合いや薄くなった縁を、過去に戻して復元することはできない。
付き合いだけじゃなく、どんなことも過去と同じにはならないのだ。
でも、思ったよ。
新しく始めるのは、ありかなって。

被災地の復興にしても、過去のままの再現はあり得ない。
失った過去を基に、新たに構築するに過ぎないのだ。

何もかもは水に流せないのが人の心。
それが人の付き合いの流れを滞らせる。
かと言って、単に水に流してなかったことにするのは、あまりに無神経。
ただ、躓いた過去に知り(学び)、今ある機会を始めることに生かせたら、過去の拘りは溶け始めるのではないだろうか。
お付き合いにしろ、何にしろ、形が過去とは違っても。

20110320b

ioWEB

・2年前の今日の日記 「ブタさん」
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