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    山に暮らす人に思う

    少数民族問題がオリンピック開催国へのアンチ風(かぜ)に火をつけたのは数ヶ月前。
    あの国に人権的問題があるのは確かだし、環境問題への意識の違いもあるけれど、取り沙汰される問題で一国の色を決めつけて、単なる批判主義のアンチに傾いている人も多いのではないかと感じてきた。
    人も国も、歩みの過程があり、一足飛びに理想へは向かえない。
    民主主義意識と先進国意識の眼鏡だけでは見えない実情には、悪しき側面もあれば、人に共通して素朴に良いと感じるものも見逃してはならないと強く思う。
    それらを伝える役割を担うかのような映画や物語は、「ああ、面白かった」で済ませないじわじわと続く感動がある。

    秋葉原で起こった事件や、それに触発される負の感情と行動。それらが今の日本の世の中を象徴するかのごとくに、社会や経済のせいにしてしまってはいけないのではないか、という疑問も私の中に沸々としていた。
    こうした事件の背景に感じるのは、親と子の関係。人が生まれて一番に体験する小さくてもっとも近い家族という社会だ。
    脳科学の見地から、子供の知的発達にアプローチするのも無駄ではないだろう。政治や社会の意識をしつけに向けることも必要かもしれない。
    でも、世の中にとってもっとも有効なのは、考える知性を生きる能力とするオトナが増えていくことではないだろうか。

    ◆立場を違える向こう岸のことを考えられるオトナ。

    ◆被害者意識で叫ばないオトナ。

    ◆社会批判と正義を勘違いしないオトナ。

    ◆自分自身の育みを続けていけるオトナ。

    それは、“子どもたちのために”と言う前に、自身の人生のためにあるべき姿勢でいいと思う。

    中国映画『山の郵便配達』を観て、内心考えてきたことをちょっぴり言いたくなった。

    山、山、山、に囲まれた里の民家で息子が呟く。
    「昔からここに住んで、山以外何もない人たちだ」

    かぶりは振らず、ぽつりぽつりと応える父。
    「頭でものを考えてる。
     苦しみがあれば考えることで乗り越える。
     考えることなしに人生の喜びはない」

    自己啓発書や誰かから仕入れた借りものの説教と違って、お父さんの言葉に押し付けがましさはない。
    安心と豊かさを求めてやまず、教養があっても悩める世の中がある一方で、自然の他に何も無く見える辺境の地が、かえって人の知性に磨きをかけるのか。
    山里であろうとどこであろうと、知的に生きようとする者に知性は宿るのだ。
    若い息子の台詞に通じる自分の驕り(おごり)を、『山の郵便配達』のお父さんに諭されて、今日は暑さが気にならない。

    山の郵便配達
       山の郵便配達



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    ・1年前の今日の日記 「ひょっとしてキミか?!」

      

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