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辻褄合わせ

中学に入って少しした頃、帰りの地下鉄の中で、同じクラスの子と「将来、どうする?」みたいな話になって、わたしは「短大の英文科を出てスチューワーデスになる」なんてことをツラツラと口走った。
スチューワーデスになるなんて、思っていたわけでもないのに、口が勝手に言っていたのだ。
不思議なのは、言ってみてから、自分で将来の道筋が見えた気になったことだった。それで、将来のことを訊かれたときには、“短大→英文科→スチュワーデス”と言っておくことにした。そうやって口にしてみると、それが本当に自分の進路のように思えて、何となく安心するところがあった。

本当に?
そう、“本当に”ってところが自分にとっての肝心なところ。

安心できる辻褄合わせの展望、夢、将来のビジョン。
それを語ることを、わたしは無意識に、とっさにやってのけ、よくできた嘘で自分を安心させる術を覚えた。
それでもよかったのは、言ってはみるものの、嘘めいているのを自分で感じていたことだ。

オトナになって、いつのまにか、わたしは将来の展望とか夢とか、簡単に口にできなくなっていた。
嘘をつくのがイヤだから、なんて殊勝な理由ではない。
安易に言わないのは、口が辻褄あわせをしてしまうから、かもしれない。比較的、お口は正直なくせに。
でもって、辻褄の合った嘘くささを感じると自分で心地悪いのだ。その心地悪さを知るために口にしてみるのも一つの手ではあるけれど、いつからどう覚えたかは定かじゃないが、願望を自分の中で温めたり膨らませたり、そして本音かどうか精査するようになった。
肝心なのは、辻褄の合う道筋ではない。でも、道筋や計画性の辻褄が合わないと、寛容に聞き流してくれる人が相手ならいいけれど、茶々を入れられる危険もある。そこには用心しないとね。

知り合いに、10年以上、ことあるごとに変わらずに将来の夢を語る人がいた。
はじめのうちは、計画に満ちた将来の話に、やりたいことがあっていいなあと思った。
「わたしには夢があるから!」
毎度、張り切った口調で終わる話。それが、だんだん“夢があるから、今はいいの”に聞こえてきて、あるとき言ってしまった。
「その夢、いつやるの?」
凹ますつもりではなくて、つい思っていたことが口を突いて出てしまったのだ。
一瞬、会話が止まった。
「うーん、あと10年くらいしたら」
そうか、そうか、って感じで、わたしは笑い流し、その人も笑っていたっけ。

夢やビジョン(将来の構想)は、自分を安心させる道具になる。それを支えに、遠くに希望の灯を見て、日々をやり過ごすことができる。それでも、希望をすっかり失ってしまうよりはいいのかもしれない。
それに、いつのまにか本当のことにすり替わっていく可能性も無きにしも非ず。形を微妙に変えて、現実になっていくこともある。
だから、夢にしろ希望にしろ、ビジョンの持ち方は、そのときその人が自分に要るように持って構わないのだと思っている。
ただし注意したほうがよいのは、自分の嘘めいた、他人に示したい、自己顕示欲の罠に嵌ってしまうのは苦しいね。
「もういいじゃない」なんて言葉に凹んでも、聞く耳はない。

嘘めくのも、頑固に罠に囚われて諦めないのもその人の道。
だから、安易なおせっかいで言うことはないけれど、「本当に?」「本当は?」と自分に問うことは、自分とつきあって生きていくうえでの肝心なところなのだ。

20110111a

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