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エピソードを重ねて ~「もや」といた頃~

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とにかく、若い頃はもやもやしていた。
いつ頃からもやもやしていたのかと振り返ると、中学受験を無事にやり終えて、着たかったセーラー服で中学に通い始めたときには、すでに「もや」といたように思う。

あの「もや」は何だったのか?
自分の人生がどこに繋がっているのか分からない、靄の中にいるもやもや感。
あの頃は、自分が「もや」を抱えて「もや」といることも分からなかった。

今になってみれば、自分の内を意識したり、自分の思考を自覚するようになり、
「何か、自分、もやもやしてる」
「ネガ(ティブ)入ってる」
と気付くことができるし、どうにかしようとなる。
でも、あの頃は内側に意識を向けることじたいを知らない「ぼんやり無知」な状態だったので、なるがままに「もやもや」にいて、何かに没頭するときや楽しいときには「もや」に対して無感覚になるにせよ、「もや」といた。

成人式を迎える、もう大人か、という頃になっても、私はもやもや感といた。
傍目にはきゃぴきゃぴした元気な人に映っていたかもしれないが、自分に前途洋々としたものは感じられなかった。
素敵な人生の青写真も浮かばなかったし、人生の道筋は見えてこないし……。
ただ、自分の中にもやもやの「もや」があるのはうっすら感じていた。
「私には、もやもや感がある!」
と、言葉にできるほどはっきり自覚あるものではないにせよ、自分の中の「もや」には気が付いていたのだと思う。

何とかしないと。
何かしないと。

そういう思いがいつも自分の中にあった。
「何とかしないと」という思い。
それは、自分をすっきりさせようという意図の思いではなく、怖れが急き立てるもの。自分の人生には大したことも起こらずに、つまらないまま終わってしまうのではないかという怖れが、「何かしないと」と思わせる。

今になって……。
今でも、「もや」といるときはある。
つい、もやもやに包まれて、
「ああでもない、こうでもない」とグルグル思考の中にいたり、
どよーんと重たくなっていたり、するにはするけど、
今は「もや」の存在を知っているので、
我に帰るように努めることはできる。

今になって言えるのは、自分のエピソードを重ねてきたからに他ならない。
自分のエピソード、つまりは経験。

特筆できる大したことが起こらない踊り場な時期もある。
ところが、起こり得ないと思っていたことが起こるときもある。
何が急に芽を吹き出すか分からないのが人生の面白みかな。
そう思えるようになったのは、成人の日をだいぶ過ぎてからのこと。

先輩風を吹かせて、若い人に言える柄ではないけれど、もし先がよく見えなくてもやもやしているのであれば、それはそれで人生のエピソード。
“みんな”という横並び意識ではない自分の気持ちと感覚を大事に、自分のエピソードを重ねていく。
自分の生を終えるところまで、えっちらおっちらでも、やっていきましょう、わたしも。

去年の成人の日にはこんなことを書いてます。


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