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予感

予感があったのは8月も20日を過ぎた頃だった。
契約書に署名捺印して返送するにあたり、その内容はチェックしなければならない。会社員時代に法務部に所属していたおかげで契約書は丹念に読む癖がついている。会社で扱っていたのはほとんどが英文だったので、日本語であるだけラクなのだが、暑さのせいかどうも面倒で読む気がしなかった。それでも読まねば片付かない。
そんなときに、オファーしてきた時点の話と違う箇所を見つけるとがっくりくる。
一つのミスが、「気にしても仕方ないな」と見過ごしてきた小さな粗略の数々を集約し、ひと塊になる。“ぞんざいの石”は胆石みたいなものか。あれは相当に痛いらしい。
肉体的な痛みとは比べようがないけれど、とにかく自分のエネルギーレベルがガク~ンと下がるのを持ち堪えるために冷静に事を荒立てずに対処することにした。違っている箇所を修正し訂正印を押して、お手紙を付けて送り返す。それであっさり済む気がした。

はて、予感。
修正しても単に書面のうえのことに終わる。単に文字を消して書き直しているに過ぎない。
そんな予感が諦めの独り薄ら笑いを呼んだ。自分の意識が働いてのことではなく、根拠のない信号に反応している感じなのだ。
望んじゃいない悪い予感はすぐさま打ち消したほうがいいけれど、その効力はどれほどあるのだろう。
勿論、的中して欲しくないことなので、「そんなあ、まさか」と打ち消した。気を取り直して自分のやることを済ませ、そのことは忘れていたのだったが。

某中堅出版社の民事再生法適用申請の記事が思い出させてくれた。
そうなってしまったのなら仕方がない。遡って予感の時点でも仕方なかった。さらに遡って、オファーがあった時点でもじつは仕方なかったのだ。
先代社長の葬儀がG社との縁の切れ目と言っていいくらい、名前を知ってる社員の方はいなくなっていたし、付き合いがないのにどうにも切羽詰った状況でのオファーは民事再生の記事よりもずっと驚きだった。
編集作業を含めた発刊までのスケジュールが読めてしまう立場としては相手の急場凌ぎかつぎりぎりの状況が見え見えで、「よりによって、どうしてわたしに言ってくるよ?」と思いつつ突っぱね切れなかったのだ。
突っぱねればよかった、という話ではない。

余裕がない環境のもとで人はぞんざいになりがちだ。手がけたものに対する温度差をちょっとした粗雑な扱いに痛感しては鈍感であろうとしていた。いちいち言葉で相手に伝えれば余計にうんざりするのは自分のほうだ。何しろ相手はその場を凌ぎさえすればよいのだから、聞く耳など塞いで小言が通り過ぎるのを待つだけのこと。そんなことは始めから分かっていながら、少しは役に立つならと思ったのだ。人が食べていくには、企業が継続していくには、とにかくその場その場を凌ぐことが優先するときがある。
仕方がないことってあるのだ。
そう自分を納得させていながら、いつの間にか自分を責めていくひと夏だった。自分が手がけた中身に変わりはないけれど、“ぞんざいの石”となる砂粒を受け入れたのは自分なのだと。
もっと丁寧に生きないと
そう思ったのは、このことが大いに関係している。

終わりは始まり。
社員の方はじめ、方々関係者まだまだ大変でしょうが、仕方なくなどない動かせる余地のある未来に向かえることを祈ります。

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・1年前の今日の日記 「安物買いの幸せ」
・1年前の<いおろろ一枚> 天との約束「未来の糸」
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