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バタ臭い酔いの中で

飲まなくても平気だけど、飲むと美味しいのがお酒。
食事のお供で飲むのが主なので、食べずに飲むような呑み助ではない。でも、たまに「今日はお酒が飲みたい」ってときがある。お酒の場の雰囲気に浸りたくなるのだ。
こういうときに安っぽい居酒屋系はブーーーー! 騒いでうるさいのがいるし、雇われビトの被害者的な愚痴は聞こえてくるし、お酒は薄いし、ね。
焼酎を飲ませる和風バーなら許容範囲だが、やはり和より洋が好き。いおろさんは子どもの頃からバタ臭く(西洋かぶれで)育っているのだ。

今夜は近所の英国風パブへ。
「とりあえずビール」はやらない。エール(イギリスビール)は好きだけど、お腹がいっぱいになってしまうのでパス。

ジントニック、モスコミュールで軽くエンジンを温め、アルコール度数30℃のタランチェラで快走。話が弾んできたところで、バランタイン(スコッチ・ウイスキー)のロック&ストレートで緩く遠乗りに入る。ゆるゆる飲みたいときは遠浅酔いできるウィスキーなのだ。
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心地よく飲んでいると、人は妙に素敵な言葉を口走るものである。
今宵、いおろさんのことを「イタリア人のようだ」とのたまう編集者にその理由を訊いたら、「悠久の自分を意識して生きているから」だそうだ。

「悠久の自分」。
よく分からんが素敵だ。
でもって言われてみると、「悠久の自分」というものがあるような気がしてくる。

素敵な言いようの「悠久の自分」はよく分からないけれど、少なくとも「自分軸」を自覚することには努めている。だから、横並びの価値観に興味がないのだ。
仕事、結婚、家庭、果ては生き方まで、多くの人がするようにしていれば安心できるタイプではない。あえて変わった道を選んでいるのではないのだが、いちいち「自分にとってはどうなのだろう」と幼い頃から考えずにはいなかった。
もちろん自分の答えが人並みな方向であれば、それはそれで構わない。変わった人間になりたいわけではないのだから。ところが単に人並みに行こうとすると、自分の中でエネルギーが行き場を失ったようになってしまうのだ。それだけに留まらず、痛い目に遭ったりもして、しまいには生きているのがつまらなくなってしまう。

あまり考えることもなく、人並みを求めてその枠に収まって生きられるなら、それはそれでいいと思う。ただその中で、他人と比較して自分を卑下したり、人並みであることが順調の証になっていて、パーツが一つでも外れると途端に不安になったり恵まれていないように思うのであれば、自分の今の価値観(考え)は自分にとって何なのか、を考えてみるといい。大事にしているところがズレているせいで、自分の不安や焦燥感を生み出していることは往往にしてあるものだ。

バタ臭い酔いの中で体はゆらゆらしながらも、自分の軸が浮き彫りになってくる心地よい時間であった。

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