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父への反省文

父親の誕生日だったので、父のことを。

ウチは女勢力の強い家族である。
母親と娘二人の女勢力が3、に対して男勢力は1の家庭。こういう比率で、父権がどのくらい力を示せるか。支持率は限りなくゼロに近い。
娘2人は、何かと言うと母親側に付いてしまう。
お母さんは正しい。お母さんは大変。お母さんは大好き。
母親神話の価値観3拍子そろった偏り方である。
じゃあ、お父さんは?

夫婦喧嘩があれば父親が悪いと思っていたし、働いて養ってもらってるわりには「お父さんは大変」とはほとんど感じていなかったし、小学校にあがる頃には父とは一緒に歩きたがらなくなっていたし、今になって考えると、父の立場は散々なものだ。

2~3才の頃から、何となく父といるのは気恥ずかしさがあって、ベタベタ擦り寄って甘えた記憶がない。気難しい人でもなく、子どもを寄せ付けない厳しさがあったのでもないのに、なぜか父に対してストレートに接することができずに育ってしまった。

父親に相談事を持ちかけた憶えもない。父の意見を特に求めたこともない。
とにかく子の立場から見るに、家庭の全権は母親にあった。進路進学などのあらゆる許可は、母のOKが出れば父を説得するまでもなく、父にいくら承諾を得ても母の壁を打ち崩さなければ前へは進み難い。父には家計を掌握する母を説き伏せる術はなく、家事と家族の世話を一切合切こなしていた母は、一家を治める王さまの権力を持つ存在に映っていた。小学校の作文に「母は家族の大黒柱です」と書いたくらいだ。男勝りではない専業主婦の母が、女王さまではなく、なぜ王さまかと言うと、絶大なる家庭内統治力と家族の信頼は、王さまのほうが相応しく思えたから。子供がオネエサンとオバサンを自然に呼びわけるようなものだ。
じゃあ、父は?

王さまを慕う家臣か下男か。
家庭内のあらゆる実権を握られ文句を言われながらも、父は母のことを悪く言うどころか、娘たちの母親神話を支持していた。
お母さんは正しい。お母さんは大変。お母さん大好き。
そう、父も母が好きなのだ。帰宅して母の「おかえり」が聞こえないと、「おかあさんは? おかあさんは?」が始まる。玄関から家中を探し回っていた。

ここで、わたしが育った家庭がカカア天下であるのはもう隠しようもないが、母の名誉のために付け加えると、母が王さまだったのは家庭内に限ったこと。一歩外へ出れば、一家の主としての父を立てていた。それと、“母親は素晴らしい存在である”と自画自賛でアピールする“母親神話愛好族”ではなかった。

父の人権を考えるようになったのは、社会人になったときである。
二十歳になったのを機に学費は自分で稼ごうと、わたしは学校の在籍を二部(夜間)に切り替え、卒業目前までの腰掛就職をした。入社から3日ほどして、何があったのでもないが、ふと、父は偉いなと感じた。
ずる休みもせず、毎日、会社に通うだけでも父は偉い!
能天気そうに見える父にも、外で耐えていることや口にしない感情があるのかもしれないと思ったのだ。
突然に、それまで父を労わったり気遣ったりしてこなかったような気がした。
だからといって、急に優しい娘になれはしなかったが、それから父親を見る目が少しづつ変わっていった。
父にも言い分があったかも。父も大変だったかも。
父のことも、案外、好きかも。
わたしの中の母親神話の絶対的な価値観が崩れるのは、もっとあとになってのことだが、父の人権を尊重する気持ちが芽生えた瞬間だったのだ。

父は中卒で、しがない時計の技術屋さんだった。それでも娘二人を私立の学校に通わせ、受け継ぐ財産もなかったのに、家族のために家を2度、建てた一家の主である。母の協力あってのことだが。
「もう二度と使われるのはごめんだ」と、自宅に作業場を作って自営に転じた時期があった。が、再び会社員に戻り、転職も何度かしていた記憶がある。香港に一人で駐在に出され、アジアンな臭いにまみれて帰ってきたときは、女家族全員に「臭い、臭い」と疎まれた。それでも嬉しそうにへらへらしていた父である。

父に対する娘の反省は、思い出すとぼろぼろこぼれ落ち書き切れやしないが、思いつくままに。
その1 高熱を発したとき、自転車の後ろに乗せて猛スピードで病院に連れていってくれたのに、誘拐された子のように泣き叫んでごめん。
その2 小学校の運動会で、クラスの子に「あれ、お父さん?」と訊かれて、「ううん、親戚のおじさん」と言い張ってすいません。
その3 高校生の頃、「人生、別の人とやり直すなら今のうちだ」と母親に離婚を薦めたのはわたしでした。具体的な当てがあったわけじゃなく、言ってみただけです。

脳血栓で半身麻痺になり入院したあと、家に戻った父は、やけに老け込んだ姿になっていた。
自宅療養がいつまで続くか分からなかったため、会社をクビになり、そのまま老後の生活に突入するかに見えた。
そんなときに、
「老人の気になってるのやめてよ!」
何ともキツイ、涙まじりの一撃を食らわせて申しわけなかったです。
でも、あの後、めきめきと体が回復して、1ヶ月もしないうちに新しい仕事が見つかったよね。ショック療法だと思ってください。

ここ数年、父の誕生日が来るたびに、本人には面と向かって言えないけれど、済まない気持ちで諸々の出来事を思い出す娘である。娘のすることは何でも無条件で喜ぶ父だから、許されているだろうが、いつか寝ている隙にでも詫びてみようかと思う。

ちなみに以前、父と母の前世の関係を観てもらったら、アジアのある部族の“女王と奴隷”だったそうだ。もちろん、奴隷は父親のほうである。どうせなら、“王さまと奴隷”にしてほしかった。

ioWEB
・1年前の<いおろろ1枚> 「あたしの知ってる神さま」
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