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    冬の暖かさ

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    「早く暖かくなるといいね」
    「早く春になればいいのに」
    こんなふうに言うのを聞くと、冬は「早く立ち退いてほしい」と望まれているようで、冬が少し気の毒に思える。

    寒がりなので、冬の寒さはたしかに応えるのだが、一年を通じて一番お陽さまの暖かみを痛感するのは冬。
    冬も悪くないなあ、と思うこの頃なのだ。

    ウォーキングで通りかかったお寺さんの石碑では、白い猫が四匹、日向ぼっこ。


    ★ 今日の<魚の庭>は こちら 「冬のお陽さま」
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    ioWEB> <魚の庭

    ・2年前の今日の日記 「冬も歩く」

    絵馬

    小山の中腹にある天満宮さん。
    杉林の中を長い長い階段を登って、ようやく拝殿が見えてくる。

    さて、お参りを済ませ目に留まったのが、拝殿の横に掛かっていた絵馬。
    子どもの字で願いごとがいろいろ書いてある。

     水泳が速くなりますように。

     算数ができるようになりますように。

     成績があがりますように。

    それらの中に一つ、「おお!」と思ったのが、

     人の話が聞ける人になれますように。

    誰かに言われたのだろうか。
    「人の話が聞ける人になりなさいね」と。

    話を聞くより、自分の話がしたいオトナが圧倒的に多いものね。 
    人の話が聞ける人が増えると、世の中もう少し静かになりそう。

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    ★ 今日の<お陽さまコレクション>は こちら 「スカッと、晴れ」
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    ioWEB> <魚の庭

    ・2年前の今日の日記 「温泉 三つめ・四つめ」

    結露対策

    去年から頭を悩ませていたのが、寒い時期の結露。
    ここは陽当たりのいい建物だが、北に面した窓は昼間に乾く間もなく、桟が始終びしょびしょしていて拭いても拭いてもキリがない。
    プチプチを窓に貼るといいと聞いてやってみたが、それもあまり効果がなかった。
    そこで考えついたのが、防寒シート(マット)を窓の内側に貼る作戦。

    キャンプ用の(寝袋の下に敷く)ジャバラ折りになるやつ(ホームセンターで800円くらい)を、折れる部分で切り離し、窓の幅に長さを調節して窓枠に貼り付けてみた。

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    これが、ちょっとした効果!
    アカデミー賞結露対策部門があったらノミネートされたいくらいだ。

    桟の部分に、うまいこと空気の層ができて、
    「あれ? 今日、ここ拭いたっけ?」
    というくらい乾いている。

    自分を何度も疑って、効果のほどを確かめているが、夜になっても、うっすら汗をかく程度にしか桟が濡れていない。
    朝は多少は濡れてはいるものの、いちいち拭かなくたって午前中には乾いてしまう程度。
    もちろん、防寒効果も感じられる。
    見栄えとしては、レースのカーテンをしてしまえば目立たない。

    ●もう一つ、防寒シート(マット)を使った冷気対策を。

    壁に押し付けて置いているクローゼットやチェストなどが、冷気による湿気でやられてしまったという話を聞く。
    ウチのウォーク・イン・クローゼットも、北側の壁が冷たくなっていて、そこにチェストを置いているので心配していた。
    引き出しの中もひんやり。
    当然、しまってある衣服もひんやりしていて湿気が気になる。

    そこで、壁と家具の間に防寒マットを挟み込んでみると、かなり冷気が防げている。
    ウォーク・イン・クローゼットの中のひんやり度も、体感で随分とやわらいだ。

    防寒シート、使えます。

    <使ったのは、こんなのです↓>

        

    プチ大工みたいなことをやってるときが好きだ。
    効果があると、なお嬉しい。


    ioWEB> <魚の庭


      

    急流のごとく

    年明け三週間、12月からの流れを引き継いで急流のごとく過ぎてしまった。
    「忙しい」とは、あまり言いたくない。
    結局のところ、自分が引き受けてやっていることなのだから。

    そうは言っても、先週は気持ちまでもが忙(せわ)しくなって疲れ気味になっていた。
    今日は少しゆったりしようと決めたので、ややゆったりの日になっている。

    「てんこ盛りに忙しい」のも「ゆったり」も、そうしようと自分が決める(許可する)かしないかで、時間の過ごし方と過ぎ方が違ってくるもの。

    さて、年の初めには「今年はああしよう、こうしよう」などと思って、それに沿うように一日一日を始めたつもりが、いつのまにかそうしているわけにもいかなくなっている。
    今年に限らず、毎年のことかもしれない。

    自分に来ている流れをコントロールしようとすれば、葛藤が生じる。
    コントロールすべきは、流れではなく自分自身。
    (これ、今、思いついた。)

    そのときどきの流れに乗って、自分(の心と気持ち)の手綱を上手く操る。
    そんなことを覚える最中みたいな日々。

    ここひと月で体重3キロ減。
    自然に軽くなってみると、ちょっと余計なものが付いていたように感じる。
    これ以上に体重が落ちると体力がついていかなくなりそうだけど、今の状況には適した軽さなのかも。

    ダイエットとか増量(こっちのほうが難かしそう)とか、身体が勝手にコントロールしてくれてるみたい。
    と、勝手に解釈する。


    ioWEB> <魚の庭


      

    身体が覚える贅沢

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    三ヶ月ほど前、ふと、お酒(アルコール)を飲むのと飲まないのと、違いがあるものなのか試してみたくなった。
    それから今に至って、あれほど好きだったワインも日本酒も、もちろんズブロッカも飲んでいない。飲む機会はあったが、「お酒を抜いているので」とお断りする。

    「何で?」
    「どうして?」
    当然、訊かれる。
    中には「お酒を飲まないなんて、もったいない」とさえ言う人もいる。
    お酒の美味しさも楽しさも知っているから「もったいない」と言いたい気持ちはよく分かる。でも、飲まない。
    今となっては、アルコール抜きになった身体に一滴でも入ることのほうがもったいない。

    お酒(アルコール)を飲むのと飲まないのと、何が違うか?

    すっきり感。

    身体も頭も、ついでに心も、一味上のすっきり感がある。
    これは、アルコールを飲んでいた状態では分からなかった感覚だ。
    やってみないと分からないとは、こういうことなのだ。

    さて、身体が覚えてしまった一味上の感覚がもう一つ。
    土の上を歩く快感。
    アスファルトを歩き回っても得られない感覚を知ってしまった以上、ウォーキングに出ると、土の地面、芝の上を歩かないとつまらない。足が満足しない。

    一味上の感覚を覚えるのは、知らなかった贅沢を知ってしまった気分なのである。


    ★ 今日の<魚の庭>は こちら 「土の上」
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    ioWEB> <魚の庭


       

    ゴールはない

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    昨年、ふと思ったのが、
    「ゴールはない!」。

    たとえば、一つひとつの目標をゴールにすることはできる。
    ただ、それらは一つひとつに到達点に過ぎない。
    一部のゴールがあっても、一生の過程は続いていく。

    会社員でいる人が、定年をゴールのように言うことがある。
    けれど、終わらないよ、人生は。
    会社員生活の区切りが訪れるだけの話。

    三浦友和さん主演の映画『RAILWAYS …』の中で、こんなシーンがあった。
    「お前、定年になったら終わると思ってるだろ?
     長いぞ~、その先の人生は」
    定年を目前にした富山地方鉄道の運転士が先輩から言われる。
    そのとおりだと思う。

    会社員を離脱した私には定年はない。
    目印にできそうな区切りも今のところ“ない”。
    その“ない”ものを、求めていたことに気がついた。
    いわゆる、「安泰というゴール」。

    たとえば、「老後の生活に必要な額」なんて記事に煽られて、老後の心配に陥る人がいるけれど、不安なんてものはいくらでも膨らむものだ。
    住宅ローンは終わってる、子どもの学費はかからない。それでも不安がる人は、どこまで貯蓄に励めば安心するだろう。先の備えは必要だが、じつは求めて止まないのは「安泰というゴール」ではないだろうか。

    ゴールはない。
    そう言われると、気が遠くなる?
    だとしたら、ゴールを求めているのでは?

    ゴールはない。
    少なくとも、私の世界には、もう「ゴールはない」なのだ。
    そのことを潔く受け入れたら、妙に気がラクになった。
    “ない”ものは“ない”。

    洗濯物が生きてる限り、なくならないのと同じ。
    生活している限り、掃除をしなくてはならないのと同じ。
    するのをやめれば、汚れ物が溜まる一方、部屋は汚くなるだけ。
    生活に澱みをつくることになる。

    歩かなければ、足は弱る。
    体を動かさなければ、血行は悪くなるし衰える。
    動くものは動かし続けないと、機能は低下するだけ。
    歩かなくなるのは歩けなくなるときで、体を動かさなくなるのは動けなくなるときだが、それはゴールか?
    歩けなくなっても動くことが叶わなくても、生きることは続くのだ。

    人にゴールがあるとすれば、人生を終えて逝くとき。
    だとしても、霊的な存在としての捉え方をすれば、肉体を離れても存在の続きはあることになる。

    どのみち続くなら、続けるしかない。何もかも。
    存在しないゴールなど期待すると、自分の中に澱みを生む気がする。
    ほんの少しであっても、どこかで留まりたい気持ちを自分の中に存在させていることが、エネルギーに些細な歯止めをかける。それが徐々に澱みをつくるように感じるのだ。
    留まることなど考えず、動けば動くほどエネルギーの循環はスムーズになっていく。
    そんな実感がある。

    内観(心の内を探る)という作業にも、ゴールはない。
    やればやるだけ、さらに深く解消したくなる悪感情や思いを観る。
    一つひとつ、毒だしをやり続けていくしかない。
    ゴールはないから、急いても仕方がない。
    でも放置すれば、いつまでもそのままが続く。
    どのみち続くなら、解消した続きを体験したい。
    だったら、取り組んでしまうが得というもの。

    「ゴールはない!」の世界になったら、続けることがラクになった。
    「ゴール」という制限がなくなったからかもしれない。

    「続く」とか「続ける」が息苦しく感じるようなら、
    潔く「ゴールはない、終わりはない」にしちゃうとラクになるかもよ。


    ioWEB> <魚の庭



      

    宮司さんの教え「御札は脱がして」

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    元旦は早々に、町にある郷社・八幡神社さんへ初詣。

    町にはあちこちに神社さんがある。
    去年は引っ越したばかりで、いったいどの神社さんが氏神さまに当たるのか謎のままだった。
    町で土地をいっぱい管理している大家さんに聞いても、
    「うーん、神社、いっぱいありますから!」と
    と、明るい声で返されて、謎は明かされぬまま。
    それから半年後、昨年6月に見つけたのが郷社八幡神社さん。
    どうやら、これが氏神さまになるらしい。
    そういうことにした。

    いつもはあまり人を見かけない神社さんだが、
    正月とあって、次々に参拝の人たちが現れる。

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    年始めのミッションは、氏神さまとした八幡神社さんの御札をいただいてくること。
    昨年は、年末にお参りに行った北口本宮富士浅間神社さんの御札一枚に相当頑張っていただいた気がしている。
    今年は総元締めの天照さんと、町の八幡さまにも来ていただいて、さらに強力にお護りお導き願おうという魂胆。
    2013年のテーマのとおり、「もっと、もっと!」なのだ。
    「三本の矢の逸話」もあるし、「三人寄れば文殊の知恵」とも言うし。

    おっきな神社さんや初詣で有名な神社さんだと、巫女さんや宮司さんの衣装を着けた売り子さんがいるものだが、町の神社さんは一味も二味も違う。
    拝殿の横に続く大広間。
    その縁廊下の窓を開け放ち、御札や破魔矢、お守りなどを広げて置いている。
    売っているのは、普通のおじいさん。
    宮司さんなのだろうか……。
    ベージュのカーデガンを羽織った普段着で、格式ばった衣装などなし、なし。
    お参りを済ませ、ミッションの御札を二枚いただく(買うわけだけど)。
    と、「細かいことを言いますがね」とおじいさん(いや、宮司さん?)。

    「はい!」

    (言うてくだされ、言うてくだされ、
     大雑把者ですから、細かいことを言うてください)

    「御札はね、薄い紙を剥がしてね」

    (え!? そうなの?)

    「お風呂に入るときと同じです」

    (脱がすのか!)

    御札にきっちり巻いてある障子紙みたいな薄紙。
    あれは剥がすのだそうですよ。

    あの薄紙は、家や事務所などにお祀りされるまでの間に人の手を経由するので、不浄から御札を防ぐためのもの。
    神棚に収めるときは、剥がして(脱がして)使うとのこと。
    柱に張って祀ったり、どこかに立てかけておく場合などは、御札が汚れないようにそのままでもよいそうです。

    御札を買う他の人には言わないことを、私には言ってくれる宮司さん。
    ものを知らないように見えたのだろう。
    知りませんとも。
    知らなかったですから。
    神さまが「この人に教えたって!」と、宮司さんに言わせたのかもしれない。

    正月早々、無知を一枚剥がしていただき、御札も薄紙を脱いで文字がはっきり見える。
    昨年から障子紙のような薄紙を着たままの浅間神社さんの御札も脱がせてみると、
    まあ! 新品同様!
    引き続き、よろしくお願いしちゃう魂胆。

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    ioWEB> <魚の庭



      

    プロフィール

     葉月いお

    Author: 葉月いお
    オフィシャル基地<io日和
    ―魚の庭― Photo綴り
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