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    慣れると危険

    銭湯に行き慣れてしまったら、オウチのお風呂じゃもの足りない。
    銭湯は好きだけど、温泉に行き慣れてしまったら、ただのお風呂じゃもの足りない。

    たまの旅行でしか温泉に浸からなかった頃には考えられないほど、最近は温泉に入らないと“温泉切れ”を起こすようになってしまった。身体が満足しないのだ。

    温泉の効果――、肌がツルスベになる。
    もちろんそれもあるけれど、覿面に感じるのは、溜まった気の抜け方。
    自分の内に滞留しかかった日常の微小なモヤが抜ける。
    この感覚を知ってしまうと、行かないわけにはいかなくなって“温泉切れ”を起こすのだ。

    以前はウチ風呂・シャワーで充分だったのに、上レベルのいいことは慣れると危険なのである。


    ◆ 今年十と一つ目の温泉 スパ・ラクーア
     地震の影響でスパもショップも短縮営業していたにラクーア。
     遊園地のアトラクションの事故と重なって大打撃を食らっているのではないかと役に立たない心配をしていたのだが、4月の始めにようやく通常営業になったところで、ぷは~とスパしてきました。
     頑張れ、ラクーア!

    ◆ 十と二つ目 板橋区のさやの湯処
     都営三田線の志村坂上の駅から歩いて行く途中の見次公園で桜が見頃の時期。
     温泉上がりの夕方、花を見上げると白いハーフムーンが。
     月と桜を見ながら、ゆるゆる帰る贅沢な風呂上りでした。
    20110413b
    <アルバム「ハーフムーンと桜」>

    ◆ 十と三つ目 お馴染み埼玉県小川町の花和楽の湯

    ◆ 十と四つ目 またしても花和楽
     連休中は混んでるかと思いきや夜の部はそうでもなく、10時過ぎにはいっとき露天が貸切状態でした。

    ◆ 十と五つ目 さやの湯処

    ◆ 十と六つ目 またまた花和楽

    ◆ 十と七つ目 5月最終日、さやの湯処

    なかなか新規開拓といかない。

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    ・2年前の今日の日記 「マーライオンたちよ」
    ・4年前の今日の日記 「そりゃ、ないでしょ」

    晴れ間の威力

    20110530a

    雨は雨でいい。
    落ち着いて細々(こまごま)したことを片づけるにはちょうどいい。

    とは思うものの、昼過ぎに外へ出るとビルの合間に青空と白い雲が目に入る。
    途端に、元気の針がポーン!と跳ね上がる。

    ボルテージが上がってみると、それまで少々低めだったのが分かる。
    今朝の霧雨に濡れて感じた足運びの重さも水溜りと一緒に消えてしまった。
    お陽さまの力はスゴイ。

    下がれば上がる。
    上がっては下がり、またいずれ上がる。

    それにしても、晴れ間の威力のすごいこと。
    浄化の雨とは言うけれど、陽の力の下ではやせ我慢にすら思えてくる。
    そんな晴れ間の威力も、見えないときがあるから強力に痛感するのだけれど。

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    ・2年前の今日の日記 「気分は床上3センチ」

    幸せの価値観


     幸せかどうか?
     懐かしい価値観ね。

    映画『イノセンス』に出てくる台詞。

    幸せかどうか?
    あまり、ほとんど考えない。
    幸せって瞬間的な感覚で、あとを引いてるのは幸せの余韻なのだと思う。
    幸福感にいるときは、ただただ内にある風船が膨らんで、幸せかどうかなんて考えない。
    始終、幸せかどうかを考えているとしたら、それは無理やりに幸せを探しているようなもの。
    だから「自分は幸せ、幸せ」といちいち口にするのを聞くと、どこか不自然に思えて仕方ない。

    やれてるかどうか?

    こっちのほうがわたしには重要。
    やりたいことがやれてるか。
    すべきことがやれてるか。
    やりたいことに向かっているか。
    すべきことに向かっているか。

    やりたいこと、すべきことに向かってやれてるとき、わたしの風船は内側で膨らんで、その満ちた風船の中に自分がいる。
    これが、わたしの幸せの価値観なのだ。
    たぶん、きっと。

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    抜け殻

    カーナビが直線を示していた。
    約40分で鹿島神宮へ到着の予定。
    千葉の犬吠崎から曇り空の水平線を眺めながら、地元の大型スーパーで買い込んだ特上握り寿司やら鳥の唐揚げやらを昼に平らげ、1時間ほど経った頃だ。

    「そろそろ眠くなる時間かも」

    言われてみれば、そう。
    長閑で平坦な国道の景色は、窓を開け放つ車内の空気までも弛ませる。
    それでも東京へ帰る道すがら鹿島神宮に寄ることになり、神社好きのわたしは眠気のことなどすっかり忘れていた。それを運転している友達の一言が思い出させた。

    「いや、ぜんぜん眠くない!」

    ドライバーの眠気と、自分が眠気に襲われる不安を吹き飛ばすように声を張り上げた。
    と、助手席のシートに張り付いている髪の毛が2本、目に付く。窓から吹く風に髪を掻き混ぜられていたせいだろう。左太腿の脇に落ちた自分の髪の毛を指で摘み取った。その瞬間、車は右折に入り、身体がドライバー側に大きく傾いた。
    カーナビはさっきと同じくひたすら直線コースを指示している。
    国道沿いに走るところを、どうして右折してまた国道沿いにいるのか? 
    ぼんやりおかしい。

    「ずっと真っ直ぐだったよね?」
    訊けば、眠くなるとマズイので、一旦、横道に反れたのだそうだ。
    ふ~ん。
    ぼんやりおかしい。
    車が横道に反れた憶えがないのだ。

    目が覚めるのは、眠っていた証し。
    眠らなければ目は覚めない。
    目が覚めた憶えがないのは、起きていた証し。

    のはずだが、何かおかしい。
    「眠くない!」と言って、シートに髪の毛を見つけて拾って……。
    その間の繋ぎ目はスムーズなのに、隙間をうまいこと平坦に塗られている感覚なのだ。
    乾き切っていないコンクリート。
    触れなければ何でもなく思える、でも「まさか?」な繋ぎ目が微かに気になって恐る恐る訊ねてみる。
    「わたし、寝てないよね?」
    ドライバーの友人が言うには、「すごい技を使っていた」そうだ。

    あまりに静かな気配にふと隣を見た友人が目にしたのは、目を開いたまま表情が消え失せた顔。
    その目の焦点が合っていなかったので、寝てると分かったそうだ。

    目を開けたまま寝る人の話は聞いたことはあるが、自分にそんな技が使えるとは!

    「起こしてくれればよかったのに」
    そう言うと、友人は無理に起こすと魂がうまく戻って来ない気がしたのだと。

    寝ているときは魂が神さまのところに行っている。
    そんな話を聞いたことがある。
    爆睡型のわたしは、神さまのところに入り浸っているんじゃないかと思ったりもする。
    もしかしたら、目が覚めた意識すらなく眠ったわたしの魂は、身体を置いてきぼりに鹿島の神さまのところへ先に行ってしまったのだろうか。

    抜け殻に魂が戻り、その後10分ほどで到着した鹿島神宮は古い森の佇まい。
    神さまはお留守のようで、森そのものが仮眠状態にあるようだった。
    20110523(20110505)a.jpg


    メリメリっと天上に向かって伸びたかのような杉の木は、なかなかの迫力。
    20110523(20110505)b.jpg


    お参りを終えて、神さまのお遣いの鹿さんたちのところへ行ってみると、やたら目が合うのが1頭。
    さっき会ったみたいな……。
    抜け殻になったときに、この子に会ったのだろうか。

    20110523(20110505)c.jpg


    それにしても、同乗者には唐突に抜け殻になってほしくないものである。
    抜け殻になったのが自分でよかった。
    鹿島の森をあとに東京へ向かう車中、身勝手なことを思いながらイクラ色の美味しそうな夕陽に目を奪われていると、
    「いる?」
    ドライバーから声がかかった。
    抜け殻はけっこう怖かったらしい。
    眠るなら目は閉じて。



    io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ

    🌏2年前の今日の日記 <生姜紅茶太り
      3年前の今日の日記 <褒め殺し技は似合わない


      

    残り物の利得

    3・11の地震の後のコンビニやスーパーの商品のない棚。
    あれから二ヶ月が過ぎ、店はすっかり普通の品揃えに戻っている今でも印象的な出来事だった。
    物が溢れるご時勢に、「“物がなくなる”ということが起こる」。いや、「起こった」。
    流通と生産が滞った状態で、みんなが似た考えで同じような物を買い求めれば、多数が考えつく買いたい物は当然無くなる。
    不謹慎かもしれないが、正直、あの光景は新鮮だった。

    救いだったのは、たまたま通販で注文していたお米と水が地震の前日に揃って届いたこと。今になってみれば、すごいタイミングである。
    食料品を買い溜めしていたわけではないけれど、お米があるというだけで食料に関してはずいぶん気楽でいられたと思う。実際、地震があった当日は、出先から帰れなくなった仕事仲間が避難に来て、おにぎりを作って凌いだのだから。

    もともと「必要な物は必要なときにやってくる(手に入る)」という楽観的な考えでいるので、日頃から何かを買うために並んだり頑張ったりすることがない。「できない」性質なのかもしれない。並ぶのも購買欲でごったがえすバーゲン会場なども苦手だし。
    空っぽの商品の棚は、じきに元に戻るのは予測がついたし、「あるもので凌げばいいや」と思う者は食料調達に心を砕かなければならない人たちに譲ればいいのだ。

    そこで気になったのは、買えない物ではなく、何が売れ残っているか。
    それを確かめるためにいくつかのスーパーに偵察に行った。

    残っていたのは、すぐに食べられそうにない物、食卓に馴染みのない物、扱い難そうな物。
    肉のブロックや鮮魚は人気がないらしい。
    それと、インド・タイ料理の食材の棚は普段と様相を変えず、買える物が豊富に残っていた。
    で、目に付いたのが、レンズマメ。
    20110518a

    これだけじゃ、お腹に溜まりそうもなく、人気がなくて当然と言えば当然のレンズマメ1キロを買ってみた。
    何の気なしにグリーンカレーに入れてみたり、野菜のトマト煮に混ぜてみたりしていたのだが、つい先日、調べてみたら、世界の5大健康食品の一つですと!

    Wikiからの引用によれば、
     タンパク質とコレステロールを減らす溶性繊維を含み、鉄分はその他のマメ類の約2倍。
     ほとんどのビタミンB 群と葉酸が多く、とりわけ適産期を迎えた女性にとって大事なのは、葉酸が流産のリスクを減らす。

    べつに流産のリスクは妊娠していないのだから心配ないし、病気自慢ができないほど成人病も何もない身ではあるけれど、鉄分とかビタミンB群とか葉酸とか、摂り難そうな栄養素がいっぱい!

    「残り物には福がある」とはよくぞ言ったもので、
    人が取り残していった物には思わぬ利得、ならぬスーパー食品であったとは。

    最近、独りブームになっているのが、レンズマメご飯。
    黒ゴマに似た古代米を一緒に炊き込んでいるので、お赤飯ふうな炊き上がり。
    20110518b

    レンズマメは水洗いして、そのまま研いだお米に適当な量を混ぜてしまって大丈夫。
    4合炊きに塩を小さじ1くらい入れてます。
    マメで量が膨らむ分、茶碗の米率が減るわけで、ダイエットにもよろしいかも。

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    ・2年前の今日の日記 「“気”なのか気のせいなのか」
    ・3年前の今日の日記 「お宿はどこだ?」

    ないけどある

    天気予報を確かめたわけではないが、そのうちに雨が来る予感の午後。降り出す前に軽く散歩しようと半蔵門に向かった。
    皇居内堀を一周すると半蔵門が一番高い所にある。お堀の深さが際立ち、よくぞこれほど掘ったものだと感心する。
    お堀に沿う道は霞ヶ関方面に向かって緩やかに下り、その下り坂の始まり地点となる高台の門からは、大きく開けた空が眺められるのだ。
    行って帰って往復40分ほどの散歩の予定。
    都心の開けた空を見に半蔵門方向へ歩いていると、声がした。

    「来なさい」

    無理強いはしてないけれど、呼ばれてる声。
    赤坂の日枝神社さんだ。
    氏神さまなのに今年はまだ一度もお参りに行っていなかったのを思い出した。

    “声がする”というのは、耳で聞こえる音のある声じゃない。
    音は感知せずとも聞いた感覚だけが残る。
    “ないけどある”というやつだ。

    行ってみましょ。
    左へ行けばすぐに半蔵門に着く地点を通過し、日枝神社さんのある溜池山王へ向かうことにした。
    雨が降り出すのが心配だったが、神さまが呼んでくれてるなら何とかなるだろう。

    行ってみると、いつも使う表参道の男坂が工事中。
    五十二の石段の坂の上り口がロープで塞がれていた。
    呼ばれた声がしたのは気のせいだったのか?
    プチ凹みそうになりながら、裏手の稲荷参道へ回ることにした。

    20110517a

    赤い鳥居と赤い幟(のぼり)が連なる狭い石段。
    鳥居のトンネルは、ひんやりした空気が通る。

    神社さんには人それぞれと同じく、それぞれに空気がある。
    霊能者でもない自分の感覚で言わせてもらうと、よく行く靖国さんはわりと人肌に馴染む気がある神社だ。
    靖国さんに比べ赤坂の日枝神社さんは、事業や商売をやってらっしゃる方に慕われて人慣れはしているけれど、人間界とは異質な、自然界の大らかさや荒々しさとも違う、厳かな気を普段は湛えずに収め持つ感じがある。

    まあ、そんなことで“ないけどある”の声に呼ばれて氏神さまへの初詣をさせていただき、事務所に帰り着く頃にポツポツと雨が落ちてくるというタイミング。
    護られてるのか、仕組まれてるのか、……。

    夜は満月。
    11時過ぎ、月は見えるかと外に出てみると、雲はあるが空が妙に明るい。
    月はどこかと1ブロックを一周してみる。が、満月は見えない。
    “ないけどある”。
    月の姿を確かめに公園まで行ってみようかとも思ったけれど、やけに明るい空が満月の証なのかもしれず、見えなくても満月の夜に変わりはなく。
    そんなふうに考えると確かめるまでもなく、(見え)“ないけどある”。空の明るさを月の明るさに感じるだけで気が済む満月の夜である。

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    初めての願いごと

    5月16日は、わたしにとって特別な日である。
    何しろ、生まれて初めての願いごとが届けられたのが5月の16日だったのだ。

    生まれて初めての願いごと。
    記憶にある限り、それは“妹”。

    なぜだか、どういう理由だか、幼稚園にあがった頃からだったか「妹、妹」と思っていた。
    「何が欲しい?」
    親に訊かれると決まって「妹」と答える。
    そのことは以前に「サンタの仕業」に書いたことがある。

    考えてみれば、その頃には、誰に教わったというのでもなく、わたしには“あたしの神さま”があったのだ。
    宗教に関係なく、姿形はとくにないのだけれど、存在だけがイメージで感じられる神さま。
    クリスマスの時期になると、サンタクロースとごちゃ混ぜになったりもする。
    そんな神さまに初めてした願いごと。
    「妹が早く来ますように」

    オトナになってからときどき思うことがある。
    もしかしたら、妹とは生まれる前に会う約束をしていて、それで「早く、早く」と会える日を待ち望んでいただけなのかもしれないと。
    そうであったとしても、妹は、生まれて初めての神さまへの願いごとであり、神さまからのおっきなプレゼントなのである。
    そのプレゼントを果たして大事にしただろうか……。

    ちなみに、わたしと妹の誕生日には妙な因果関係があるように思える。
    16年前の出来事だが、わたしの誕生日に地下鉄サリン事件が起こった。
    そして、事件の首謀者・麻原彰晃が逮捕されたのが5月16日、妹の誕生日なのだ。
    あの事件以来、生まれた日が姉と妹の在りようを象徴している気がしてならない。

    両親にとっては、何をやらかすかドキドキさせる娘一人より、安心して見ていられる娘がいて救いになったことだろう。
    それは、わたしにとってもありがたい存在なのである。
    そのわりには、大事に仕方が足りなかったような……。

    なので、「ごめんね、ごめんね」と心の中で謝ってみる。
    まだよちよち歩きの頃に、後ろから突き飛ばしたのは憶えてるかなあ。
    ごめんね、ごめんね。
    なんてね。

    でも、あの日、学校から帰って来た家の前で、病院から走って来たおばあちゃんから「女の子だよ、妹だよ」と聞いたときは、ホントに嬉しかった。
    「やっぱり妹だった」
    神さまが約束を果たしてくれた満足感でいっぱいの日でもあったのだ。

    20110516a

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    ・2年前の今日の日記 「生姜紅茶」
    ・3年前の今日の日記 「ブレンド・クラブ <Vol.1>」

    プロフィール

     葉月いお

    Author: 葉月いお
    オフィシャル基地<io日和
    ―魚の庭― Photo綴り
    極楽とんぼの「映画会」
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