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死にかけると早いのよ

― 「思い立つままに」から続く ―

東海道の宿場町、島田は母親の故郷である。
家族で車を飛ばして来たのは、祖母が亡くなったときが最後になった。1年後の命日のひと月ほど前に祖父もあの世へ逝ったのだが、そのときはいろいろな事情が絡み、わたしは妹と留守番で東京に残された。

祖父母は昔にしては大恋愛で結ばれたとかで、まあ、だから、じいちゃんが命日のちょっと前に日当たりのよい縁側で居眠りするように逝ったのは、ばあちゃんが迎えに来たのだろうと皆が思ったようだ。わたしもそう思う。
じいちゃんの葬儀に出られなかったわたしは、親に内緒で何度か母の故郷へ向かった。いろいろなオトナの事情があるから、独りでうろ覚えの道を辿ってお墓に会いに来ていたのだ。その最後のお参りから、気がつけば20数年ぶりなのである。

20年も経てば、赤ん坊だってすっかりオトナになる。町が変わってしまうのも仕方がない。
きれいだけど殺風景な駅前広場から真っ直ぐ伸びる大通りを、昔の東海道、現在の国道34号線に向かった。
と、「わ、更地!」。

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たしか、いや、うろ覚えだから確かじゃないけれど、国道にぶつかる角にはスーパーがあったように思う。お参りの花を買おうと当てにしていたのに、何もなくなっちゃった。

国道沿いは商店街になっていて、昔ながらの小さな店が軒を並べていた。小さな映画館もあった。それがやけにさっぱり整理され、通りは殺風景な雰囲気が漂っている。開発が進んだのだか見放されたのだか微妙な感じがしてくる。
この通りにはもう一つ、小規模スーパーのユニーがあったはず。
だったのが、「わ!」。
ユニーであったはずのビルは看板もなく、グレーの廃墟に姿を変えていた。

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花が買えない。
それだけじゃなくて、軒並み店がなくなっているのがショックだった。田舎が田舎らしくあってほしいなんて、よそ者の身勝手な落胆と分かっていても、もうちっと昔の面影に触れたかった。
と、元ユニーがあったはずの反対側に「花」の看板が目に入る。

サッシの戸を開けると、店のおばあちゃんがシキミの束を床に広げて選り分けている最中だった。
花屋といっても華やかなお花屋さんとは違って、仏前・墓前用の花に限るって感じの店だ。

「お墓参りのお花を……」

小菊でも入れてもらえばいいかと思っていたのだが、朝一の客に機嫌よさげなおばあちゃんは、リンドウとか小さい向日葵とか、あるったけの花を薦めてくれる。店にあるのはせいぜい8種類ほどだったけど。

「これ、可愛いでしょ。これも可愛いのよ~」

『高くつきそう』
スーパーで500円くらいの花束を見込んでいた身としてはドキドキするものがあった。
そこへ、ルンルンおばあちゃんの殺し文句が飛んできた。

「こんな可愛い人が持って行くんですもの!」

綺麗と言われても(めったに言われないけど)心は動かない。でも、「可愛い」にはちと弱い。
島田の駅に着いてからのショック続きを、極めつけの殺し文句が一瞬にして払拭してくれた。嬉しさ余って、お花をあれこれ選んでいるおばあちゃんの背中をパシッと叩きそうになったのを空振りでやめておいた。
もうおばあちゃんにお任せするしかない。

「この辺、ずいぶん変わっちゃいましたね」

花束ができるのを待ちながら、わたしは言った。

「そうなのよ、寂しいわね」
「何だか殺風景になっちゃいましたよね」
「そ、こんなこと言っちゃ何だけど、町は死にかけると早いものよ」

死にかけると早い。
花の値段以上に、その言葉にドキドキした。内緒話のように声をひそめたおばあちゃんの言い方も怖かった。
でも、おばあちゃんのルンルンオーラは変わらず、可愛いわたしのために可愛い花束をつくってくれていた。

― 「歓迎のサイン」へ続く ―

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思い立つままに

にわかに「そうだ!」と思い立つ。
どうして急に思いついて、その気になるのか。あれが不思議。
でもって、思い立つままに動き始めたときのエネルギーの高まり。あれがまた気持ちよくて、いい感じなのである。

とにかく思い立ち、翌朝6時前にそそくさと出発。東京駅に出てこだまに乗り、そのあと鈍行で約30分の目的地へ着いたのは8時半前だった。上出来!

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最後に来たのはいつだったろう。
たぶん、この駅に降りるのは20数年ぶり、だと思う。

子どもの頃は、電車を降りると、「臭~い」と顔をしかめて騒いだものだ。
硫黄の臭いに似てなくもないがちょっと違う、田舎のニオイと思っていた。よーく嗅ぎ分けると材木の匂いが混じっている。近くにパルプ工場があるのだ。
今も東海パルプの工場はあるけれど、いつからか、強烈な臭いが嗅げなくなった。
鼻を押さえて「臭い、臭い」と騒いだくせに、それが薄れてしまうと、わざわざクンクンしてみたりして。それでも臭わないのが寂しかったりする。

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駅はすっかりきれいになっちまって、エスカレーターにエレベーターもある。田舎の小さな駅の面影はすっかりなくなっていた。
駅前の広場もやけに広くて、きれいだけど何だか殺風景。嫌な予感がしてくるのであった。

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― 「死にかけると早いのよ」 に続く ―

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無関心でいられない

ここ数日、頭の中が悶々として自分の時間を止めてるような状態に陥ってしまった。
夏だというのに、夏特有の青空に流れる白い雲の様子さえ無情に映る。

社会が少子化を問題視する一方で、せっかく生まれてきている子どもが、毎日と言っていいほど、虐待だの放置だので命を絶たれる報道が続く中で、大阪の事件は多くの人にショッキングだったに違いない。
でも、今朝はちょっと心が晴れた。

 2児放置死 異変伝える通報も
(以下、記事抜粋 毎日JPより) 
◇「無関心もうやめたい」
 マンションの住人も「なぜ救えなかったのか」と自問している。20代の男性は泣き声などを聞いて、管理会社に2、3回通報。だが改善はされなかった。先月29日には、部屋の所有者と借り主を取り持つ会社に通報。これがきっかけとなり、事件は発覚したというが、既に2人の命はなかった。別の20代女性は「どこに連絡していいかわからなかった」と言う。
 住人の大半は20代の若者だ。近く有志約10人がなぜ2人を助けることができなかったかを話し合うために集まるという。呼びかけ人の女性(28)は言う。「2人の死を無駄にしたくない。無関心でいるのはもうやめたい」【平川哲也、服部陽】

核家族化が当たり前の世の中。
子どもをめぐる事件はクローズドな家庭という小さな世界で起こっている。
法的な立ち入りや介入の方法が問われるのと同時に、やはり周囲が無関心でいてはならないというそれぞれの自覚が即効性をもって功を奏していくのではないかと思われる。

誰が悪い、何が悪い、鬼だ、鬼畜だ、人として許せない。
そういった批判が出るのは、事件への関心があるからのことと受け止めたい。
その関心を批判に終わらせず、身近なところに向けていければ、世の中は変わっていくのではなかろうか。

たとえ、今の時点で問題が事件化していなくとも、世代連鎖で取り返しのつかない事態を引き起こすことも、あらゆる事件は伝えている。
他人ごと無関心ではいられないとつくづく思うのだ。


   
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