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版画展

今年に入ってから、知人の某会長さんが開いたギャラリーの運営のお手伝いをしている。場所は日本橋。勤めていた会社の本社があったすぐ近くで、わたしにとっては馴染みのある懐かしいオフィス街だ。
このギャラリーの記念すべき第一回企画展が今月7日から始まっている。版画家・金子邦生さんの版画展である。
金子さんは海外でも評価の高いアーティスト。そのおかげもあって朝日新聞・読売新聞に案内を掲載いただき、ギャラリーとしては好調なスタートとなった。のだが、今週、会場に常駐するアルバイトの方が急病でダウン。本日は急遽、会場でのお手伝いに伺った。

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“白を刷る”。
金子さんの作風を象徴するかのように“白のモチーフ”の作品が目を引く。
とくに足袋のシリーズは不思議。
目の錯覚? 3D? ひょっとしてスピリチュアルパワーでも身についたのかと間近で見るに、やっぱり不思議。足袋の部分がふっくら膨らんで見えるのだ。
「何かこれ、出っぱって見えるんですけど……」
「ええ、出てるんです」と金子さん。

『え、あ、な~んだ、見えてるまんまだったのか!』
版画は平面と思っていたせいで自分を疑ってしまった。

紙の柔らかさを利用して版の凹凸を付け、浮き上がって見える足袋。そのふっくら加減に思わず触れてみたくなる。
他には“コメット”という種類の尾が流れる金魚、鯉、足袋、下駄、半被など和のモチーフをシリーズにした新作30点ほどを展示。本の装幀や冊子の表紙に使われた作品もある。
金箔を使った微妙なグラデーションや、金子さんならではの秘儀があるらしい作品には、丹念にキャリアを積み上げた職人アーティストの繊細な感性と技が映し出されている。
趣味で版画をやられる方なら尚のこと、「いったいどうすればこんなふうに刷れるの?」と思われるのではないだろうか。
開催期間中ほぼ連日、作者である金子さんがいらしているので、作品の“不思議”を尋ねてみてはどうだろう。愉快そうに笑みを浮かべてコソッと教えてくれる可能性は高い。金子さんはケチンボではないようだから。
技と実力を積みあげてきた人にとっては、ちょっとくらい他人に秘訣を教えたとて自分の持ちものが減るものではないのだろう。だいいち知ったところでそう簡単にできますかって。
小耳に挟んだところによると、作品に使用するのは金箔だけじゃなく、どの家庭にもあるはずのア●●箔もアリとか何とか……。

金子邦生 版画展」は来週23日まで(日曜休廊)。
日本橋ナンワギャラリーにて。

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ioWEB
・2年前の今日の日記 「暗闇体験」

予感

予感があったのは8月も20日を過ぎた頃だった。
契約書に署名捺印して返送するにあたり、その内容はチェックしなければならない。会社員時代に法務部に所属していたおかげで契約書は丹念に読む癖がついている。会社で扱っていたのはほとんどが英文だったので、日本語であるだけラクなのだが、暑さのせいかどうも面倒で読む気がしなかった。それでも読まねば片付かない。
そんなときに、オファーしてきた時点の話と違う箇所を見つけるとがっくりくる。
一つのミスが、「気にしても仕方ないな」と見過ごしてきた小さな粗略の数々を集約し、ひと塊になる。“ぞんざいの石”は胆石みたいなものか。あれは相当に痛いらしい。
肉体的な痛みとは比べようがないけれど、とにかく自分のエネルギーレベルがガク~ンと下がるのを持ち堪えるために冷静に事を荒立てずに対処することにした。違っている箇所を修正し訂正印を押して、お手紙を付けて送り返す。それであっさり済む気がした。

はて、予感。
修正しても単に書面のうえのことに終わる。単に文字を消して書き直しているに過ぎない。
そんな予感が諦めの独り薄ら笑いを呼んだ。自分の意識が働いてのことではなく、根拠のない信号に反応している感じなのだ。
望んじゃいない悪い予感はすぐさま打ち消したほうがいいけれど、その効力はどれほどあるのだろう。
勿論、的中して欲しくないことなので、「そんなあ、まさか」と打ち消した。気を取り直して自分のやることを済ませ、そのことは忘れていたのだったが。

某中堅出版社の民事再生法適用申請の記事が思い出させてくれた。
そうなってしまったのなら仕方がない。遡って予感の時点でも仕方なかった。さらに遡って、オファーがあった時点でもじつは仕方なかったのだ。
先代社長の葬儀がG社との縁の切れ目と言っていいくらい、名前を知ってる社員の方はいなくなっていたし、付き合いがないのにどうにも切羽詰った状況でのオファーは民事再生の記事よりもずっと驚きだった。
編集作業を含めた発刊までのスケジュールが読めてしまう立場としては相手の急場凌ぎかつぎりぎりの状況が見え見えで、「よりによって、どうしてわたしに言ってくるよ?」と思いつつ突っぱね切れなかったのだ。
突っぱねればよかった、という話ではない。

余裕がない環境のもとで人はぞんざいになりがちだ。手がけたものに対する温度差をちょっとした粗雑な扱いに痛感しては鈍感であろうとしていた。いちいち言葉で相手に伝えれば余計にうんざりするのは自分のほうだ。何しろ相手はその場を凌ぎさえすればよいのだから、聞く耳など塞いで小言が通り過ぎるのを待つだけのこと。そんなことは始めから分かっていながら、少しは役に立つならと思ったのだ。人が食べていくには、企業が継続していくには、とにかくその場その場を凌ぐことが優先するときがある。
仕方がないことってあるのだ。
そう自分を納得させていながら、いつの間にか自分を責めていくひと夏だった。自分が手がけた中身に変わりはないけれど、“ぞんざいの石”となる砂粒を受け入れたのは自分なのだと。
もっと丁寧に生きないと
そう思ったのは、このことが大いに関係している。

終わりは始まり。
社員の方はじめ、方々関係者まだまだ大変でしょうが、仕方なくなどない動かせる余地のある未来に向かえることを祈ります。

ioWEB
・1年前の今日の日記 「安物買いの幸せ」
・1年前の<いおろろ一枚> 天との約束「未来の糸」

~ 二歳の記憶 ~ ちゃんと憶えていないと忘れてしまう。

20090901(20120901).jpg


 夢だ! 夢だ!

 さめろ! さめろ! さめろ!

 これは夢だ 夢だ

『千と千尋・・・』の台詞がぴったりくるほど、ショート・トリップから飛ぶように過ぎた7月。

 戻れ、戻れ、戻れ!

時間の進み具合が加速したのか、追いついていけない感覚がときおり襲ってきて、もっと丁寧に日々を過ごさないと何も残らず終わっていきそうな気がした。実際、そうだし。

私の記憶は2歳を過ぎたあたりから始まっている。
当時は、鮮明に、日常のいろいろを見ていて、憶えていく感覚があった。
その感覚は覚えているのだが、出来事の記憶はかなり斑になっている。
その中で、しっかり思ったことがある。
自分に言い聞かせるように、思った。

 ちゃんと憶えていないと忘れてしまう。

話す言葉は達者でなくとも、はっきり自分でそう思った。
それを思ったのは、(たぶん)初めてのおつかいのとき。
角のパン屋さんで食パンを買ってくるように母に言われて。

若い母は玄関の上がりくちに座っていた。
「はい、行っておいで。
 ここで待ってるから。」
そんな感じの母をじっと見つめて、私の中のカメラはシャッターを切った。
記憶に焼き付けようとしたのは憶えているのに、そのときの母の姿は、かなり薄らいでいる。

 ちゃんと憶えていないと忘れてしまう。

その言葉の意思が働いてか、一つひとつの出来事を記憶しようとしていた。
斑なりに、静止画だったり、短い動画だったりの場面や、思ったこと感じたことの記憶を持っている。

二歳の頃に思った言葉をオトナになって解釈すると、付け足しの言葉が必要になってくる。
憶えているには、

 もっと丁寧に……。

と、言葉が浮かんだ8月も飛ぶように過ぎた。

神宮の花火を観に行ったり温泉に行ったり、サングリアで盛り上がったり、楽しいことはいつものようにあった。
いつのまにか靖国の小さな森に響く蝉時雨は秋の虫の合唱に変わっている。

 もっと丁寧に生きないと……

先週から何度かとてつもなく静かな“とき”がやってくるようになった。
そうなってみると、自分の中がわさわさしていたのがよく分かる。
じつは“静かなとき”になるのを待っていたことも。

 丁寧に生きないと、ただ過ぎてしまう。

8月から9月の境界線を越えて。




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Author: 葉月いお
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