FC2ブログ

自分とつきあう

意味不明なことを書きますが、先週末に氏神さまにお参りに行きたくなり、日中そそくさと出掛けていって、不思議と気持ちが座った感覚になったところで冬至を迎えていたのですね。
古代には冬至を1年の始まりとしていた、ともあって、元旦までまだ10日ほどあるのに、根拠もへったくれもなく、感覚的には新たなムードに移った気がいたします。

冬至を境になのか、日曜日の昼過ぎから風が強くなったり、夕べは夕べで雨が強く降ったりで、妙なお天気具合。
もともと、天気の影響をあまり受けるタイプではない“きりぎりしゃん”。荒れ気味の天気も面白くて、内的には穏やかに落ち着いた心持ちでいられるのが何気ない幸福感であったりします。
で、なぜか『愛の賛歌』が脳内BGMに。ピアフのフランス語版ではなくて、越路吹雪さんバージョン。男女が求める愛というより、見守りたい感が膨らんでくるのが心地よいです。

あまり深いお付き合いはしていない知人の中には、係争中の方や、表面的に強がりなアピールを続けているような方もいらして、ちょっと気の毒に映る場面にも遭遇する昨今。
何が気の毒かと言うと、本来の自身の目的ではないであろうところで、エネルギーを消費し疲れていくところ。そのダメージを、客観的に見ていると自身に受けているのですよ。
オトナになると、なかなか他人の言うことは聞かないし、お付き合いがあったとしてもズバリとは言ってもらえないもので、やはり自身で察して改めていくことを知らないと、そのまま歳だけとってしまうのが、人生の厳しいところでもあります。

不景気を告げるニュースが多く、厳しい時代ではあるけれど、騒ぎ立てて気持ちを右往左往させるのはいかがなものかと思うこの頃。
そうかと言って、表面的に楽しぶったり幸せなフリをする癖(習性)のある人は、一時的に気分をアップさせることにはなっても、ブルーな気分は払拭されず、結局は揺らいでいる自分を持て余すところに戻ってしまう。これも、自身で癖を自覚しないと、いつまでも繰り返して表面的な自分との闘いに映ります。

こういうテーマのことを、少し、これからはたまに書いてみようかとも思っています。
自己啓発は大きなお世話のようで、正直言ってあまり好きではないし、成功哲学系は何をもって成功と言えるのか疑問だし、それらの分野とは一線を引いて、“自分自身と付き合う”術を小出しにできればいいのですが。

短絡的な目的や結果のほうが飛びつきやすい風潮なので、
“自分自身と付き合う”なんてことが、何かいいことと結びつくの?
と思われがちでしょうが、自分の感情や思考と向き合っていかないと、自分を信じて生きることに繋がっていかない。ここ10年くらい、そのことが人間観察のテーマでもあったわけです。

今後の日本は、高度成長期やバブルの時代に戻ることはないのだから、経済や雇用問題にしても、一度通過してきた安楽な状況の再来を期待してもダメでしょう。
個人がこれまでの既成概念に縛られないスタイル(生き方)を見出していかないと、嘆く一方になりかねない。厳しい時だからこそ、自身と付き合い向き合えるオトナでないと、乗り切っていけない気がいたします。
と、『愛の賛歌』とどう繋がっているのか、ここまで書いてやはり意味不明。

まあ、クリスマスでもあるし、新しい年明けも間近な時期、くだらない揉め事や表面的なプライドを守ることから離れて、気持ちを一新できるとよいのではないでしょうか。
と、マジで今朝は思ったのであります。

ioWEB
・1年前の<いおろろ1枚> サンタはいないけど「クリスマスの仕業」
関連記事

プロフィール

 葉月いお

Author: 葉月いお
オフィシャル基地<io日和
―魚の庭― Photo綴り
極楽とんぼの「映画会」
メッセージ・お問い合わせ等は
↓メールフォームから
お願いします。

全記事◆タイトルリスト

最新記事

メールフォーム

メッセージ・お問い合わせ等は、こちらからどうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

こちらのアドレスが受信拒否設定になっていると返信できません。
【メッセージをくださる方へ】
をお読みください。

カレンダー

11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

検索フォーム