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    未来人と神楽坂

    かねがね、この人は未来から来ているのではないか?と疑っているのが、某ビジネス誌編集長だったあさいさん。
    過去の日記のこことかここに登場している人物で、非常に常識人でありながら、スピリチュアルな話題にも柔軟に反応してくれる賢いお方だ。

    あさいさんが未来人ではないかと思う点は数々あるのだが、おおっぴらに明かすにはまだ材料が揃っていないので、根も葉もなく直感的に私が未来人と思っているだけと今はしておこう。
    彼が何をしに未来からやって来たかと言うと、おそらく日本の火山の研究ではないかと推測している。
    その証拠に、今年の夏は日本霊山の一つ、白山で、単独のキャンプ生活をするとのこと。
    着々と目立たぬように研究は進んでいる様子だけど、問題は未来へどうやって戻るか、のようで、どうもその鍵はモールス信号にあるらしい。

    以上、個人的な話題の前ふり。

    そのあさいさんから、「神楽坂のほうずき市に行きましょう」とお誘いがあり、土曜日は、不思議探索隊3名の久々の散策を決行。神楽坂へ向かった。

    20080727a

       

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    六本木ナイト

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    去年は8月の猛暑の中だったオトナ・ライブ
    今年は7月。昨夜、またもや大橋純子さんのライブへ。
    12月にも、長年、純子さんを支持するクマケンさんの手配でライブを堪能したので、今回で3回目。

    Terra
    Terra 大橋純子(2007/07/19)

    “コンサートなら外タレ”
    じつは、これまたアニメ同様の薄皮一枚、いや、もう何枚かの抵抗感があって、日本人アーティストのコンサートやライブには行ったことがなかった。
    それが、昨年、薄皮を二~三枚剥がされ、今回もクマケンさん率いる大橋組にご一緒させていただいたというわけです。

    しかし、ライブって大変。

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    薄皮一枚剥がれてポニョ

    連休初日、急に思い立って公開初日の「ポニョ」を観に行く。

    アニメ映画を初日に観に行くなんて、思い立つこと自体が珍しい。
    もともとアニメに対して薄皮一枚程度に抵抗感がある。

    私は生粋の宮崎アニメファンではない。
    「カリオストロの城」、「紅の豚」、「千尋」と「もののけ」はDVDで何度も観ていて好きだけど、「トトロ」と「ナウシカ」はまともに観ていないし、「ラピュタ」はまったく知らない。
    そうそう、「宅急便」はテレビで観た。
    それが、前回の「ハウル」のときに、「これは踏み絵だから!」と劇場に連れていかれ、今回の「ポニョ」も「ひょっとしたら踏み絵?」という気がして、自分を試したくなったのだ。

    「踏み絵」――。

    簡単に言えば面白いと思うか思わないか。
    感動するかしないか。
    解るか解らないか。
    世界観を受けつけるかどうか。

    日常でよくあるのが、言葉が通じる、通じない。
    同じ言語を話すかどうかではなくて、世界観(捉え方・考え方)の許容範囲で、人は話が通じたり通じなかったりする。
    世界観が似ているととてもラク。 
    説明しなければならない壁がないから、話が広げやすい。
    違っていれば、それはそれでいい。 
    世界観が皆似たり寄ったりでは、刺激も進歩もないのだから。

    前回、「ハウル」の踏み絵を劇場で試してみて、アニメに対する薄皮一枚の抵抗感が剥がれた気がする。
    そして、宮崎アニメを楽しみにしていたわけでもないのに、急に「ポニョ」。

    「ポニョ」が踏み絵だったか?
    「千尋」に次いで、わたしの体感値は高かった。

    レイトショーのポニョは大人がいっぱい。
    オトナの期待がかかった子ども向け映画の子どもの感想を聞いてみたい。 
    批評するのはオトナだからね。

    ポニョを観てからコドモ返りしたのか、視界の端に、拳大の蟷螂に似た虫が羽ばたいたり、天井に近い窓の外に黒い坊主頭が見えたり。 ちょっと『パンズ・ラビリンス』 な気分。




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    山に暮らす人に思う

    少数民族問題がオリンピック開催国へのアンチ風(かぜ)に火をつけたのは数ヶ月前。
    あの国に人権的問題があるのは確かだし、環境問題への意識の違いもあるけれど、取り沙汰される問題で一国の色を決めつけて、単なる批判主義のアンチに傾いている人も多いのではないかと感じてきた。
    人も国も、歩みの過程があり、一足飛びに理想へは向かえない。
    民主主義意識と先進国意識の眼鏡だけでは見えない実情には、悪しき側面もあれば、人に共通して素朴に良いと感じるものも見逃してはならないと強く思う。
    それらを伝える役割を担うかのような映画や物語は、「ああ、面白かった」で済ませないじわじわと続く感動がある。

    秋葉原で起こった事件や、それに触発される負の感情と行動。それらが今の日本の世の中を象徴するかのごとくに、社会や経済のせいにしてしまってはいけないのではないか、という疑問も私の中に沸々としていた。
    こうした事件の背景に感じるのは、親と子の関係。人が生まれて一番に体験する小さくてもっとも近い家族という社会だ。
    脳科学の見地から、子供の知的発達にアプローチするのも無駄ではないだろう。政治や社会の意識をしつけに向けることも必要かもしれない。
    でも、世の中にとってもっとも有効なのは、考える知性を生きる能力とするオトナが増えていくことではないだろうか。

    ◆立場を違える向こう岸のことを考えられるオトナ。

    ◆被害者意識で叫ばないオトナ。

    ◆社会批判と正義を勘違いしないオトナ。

    ◆自分自身の育みを続けていけるオトナ。

    それは、“子どもたちのために”と言う前に、自身の人生のためにあるべき姿勢でいいと思う。

    中国映画『山の郵便配達』を観て、内心考えてきたことをちょっぴり言いたくなった。

    山、山、山、に囲まれた里の民家で息子が呟く。
    「昔からここに住んで、山以外何もない人たちだ」

    かぶりは振らず、ぽつりぽつりと応える父。
    「頭でものを考えてる。
     苦しみがあれば考えることで乗り越える。
     考えることなしに人生の喜びはない」

    自己啓発書や誰かから仕入れた借りものの説教と違って、お父さんの言葉に押し付けがましさはない。
    安心と豊かさを求めてやまず、教養があっても悩める世の中がある一方で、自然の他に何も無く見える辺境の地が、かえって人の知性に磨きをかけるのか。
    山里であろうとどこであろうと、知的に生きようとする者に知性は宿るのだ。
    若い息子の台詞に通じる自分の驕り(おごり)を、『山の郵便配達』のお父さんに諭されて、今日は暑さが気にならない。

    山の郵便配達
       山の郵便配達



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    ・1年前の今日の日記 「ひょっとしてキミか?!」

      

    かわいいままでいさせてよ

    20080713a

    みたままつり”の初日は浴衣で。

    今朝まではそのつもり満々だったのが、昼間のピーカンなお天気で浴衣はあっさり却下。
    下駄だけは、さっそく夏の普段履きに。
    夏は素足に下駄が最高。

    夕方、風とおしのいいアッパラパーなチュニックにジーンズで、腹ごしらえを兼ねて靖国へ向かった。
    もちろん足もとは下駄。

    靖国通りの歩道は、“みたま”に向かう人々で動く歩道のよう。
    昼間の暑さで却下組が多かったのか、浴衣姿が例年より少ないような。

    境内に入ると、拝殿前に人だかりが。

     何、何?

       

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     葉月いお

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