FC2ブログ

“もし”はない

過去を変えることで今を変える。

こういう題材を扱った映画や小説は、そんなことは在り得ないとは思っていても、どことなく実際にあるような気もしてしまう。
映画だと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか『バタフライ・エフェクト』。
今週観たのが『デジャヴ』。
フェリー爆破事件の捜査に協力することになったデンゼル・ワシントン扮するATF(アルコール・タバコ・火器局)捜査官が、FBIが開発した極秘装置を使って、事件発生以前の過去のパズルが変えられるか、というストーリー。

今も刻々と“今”は塗り変わっている最中で、と書いたことも過去になっていく“今”。

“今”という大きなパズルの一片をそれぞれが担っていて、その中の一つ(一人)の行動もしくは選択を過去に遡って変えたら、“今”はどうなっているのか?
映画のように観ることができれば、いくつもの“今”が出来あがりそうで興味深いけれど実証のしようがない。
過去を変えると本当に今は変わるのか?

何度か思ったことがある。
未来から見れば過去に当たる“今”の流れを変えてみようかと。

会社を辞めるときも思った。
辞めるという決断は、もちろん自分の意思ではあったが、感覚としては、意思を導き出す状況の流れに背中を押された感じ。
そこで決断を翻すと、意思に反する未来の道ができていくのだろうか。
それとも、もっと背中を押されて、どうにもこうにも意思のとおりに進まざるを得なくなるのだろうか。
辞めない選択もできるぎりぎりの時点まで、流れに反してみたい衝動に駆られていたけれど、結局は意思が先行して、「辞めます」と言うのを止める力が働かなかった。

他にも、試そうとしたことがある。
ある仕事を請けて作業を進めている最中、試してみたい衝動に駆られた。
もし、やるのをやめたら……。
そう考えると悪戯をしでかす直前みたいにドキドキして、でも結局はドキドキする感覚を面白がるに留まってしまった。
というのは、避けては済ませられない気が強くしたから。

O・ヘンリの短編『運命の道』で、羊飼いの詩人ダヴィッドは未来の運命を探そうと、住み慣れた地をあとにする。
左の道、右の道、そして本道。
それぞれの道に続く“もし”の行方を、O・ヘンリは皮肉っぽく終わらせる。

◆“もし、あのとき”の“もし”はない。

“現在”という次元に、過去の“もし”はないと同じ。
じゃあ、“今、もし”の“もし”は?
あるようでないかもしれない。
ただ、やってもやらなくても同じ結論の未来へ続いているとしても、やれることはやったほうがいい。


io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ

   
関連記事

プロフィール

 葉月いお

Author: 葉月いお
オフィシャル基地<io日和
―魚の庭― Photo綴り
極楽とんぼの「映画会」
メッセージ・お問い合わせ等は
↓メールフォームから
お願いします。

全記事◆タイトルリスト

最新記事

メールフォーム

メッセージ・お問い合わせ等は、こちらからどうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

こちらのアドレスが受信拒否設定になっていると返信できません。
【メッセージをくださる方へ】
をお読みください。

カレンダー

09 | 2007/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

検索フォーム