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はじまりは伯爵夫人

今月はじめに『上海の伯爵夫人』(DVD)を観てから、上海ブーム到来。
よく起こるにわかなひとりブーム。

そもそもこの映画を観ようと思ったのは、サナダが出ているから。
家庭の匂いのしないサナダさん(真田広之)が好き。
お近づきになりたい「好き」ではなくて、家庭臭さのない仕事っぷりが見たいだけの「好き」。

映画の舞台は、1937年に勃発した日中戦争に向かう頃の上海。
豊かさと貧しさ、複雑な策略と陰謀を覆う刹那な享楽の街で暮らすイギリス人にアメリカン、落ちぶれロシア貴族にユダヤ人。もちろんチャイニーズもジャパニーズもいる。
サナダさんの役どころは、家庭の匂いが一切しない謎めいた日本人マツダ。
策士には、一生かかってもなれそうにない憧れがある。頭よく立ち回って駒を動かすなんて芸は、面従腹背も難儀なサトラレには、習っても習いきれない感覚が不足しているのだ。

上海が点火したひとりブームは、国籍不明に映る街・上海に生まれ育った、国籍意識稀薄なイングリッシュ・ボーイの物語に続く。スピルバーグ監督の『太陽の帝国』。

スピルバーグさんに「映画(創るのが)うまいですね」と言ったら苦笑するだろうけど、少年の内と外の視点を錯雑とさせずにうまく交わらせて見せてくれるところがさすが。
観ているこちらはうまく操られて、少年の内側視線と、イングリッシュ・ボーイの成りゆきと成長を眺める立場を冷めずに行き来している。
こういう感覚が、映画を観ていて心地いい。
どんな役も“らしく”演じるマルコヴィッチが出ているのも嬉しい。
この人が端役でも登場すると、「今日のマルコヴィッチはどんな人?」と期待せずにいられない。「わくわく」って言い方は好きじゃないが、マルコヴィッチには「わくわくする」が、あたしの適切な表現。
不良外人(アメリカン)の父性をチラリズムで暑苦しくなく見せている。

二本の上海に続くは中国映画の上海、イエ・イン監督の『追憶の上海』。
共産党幹部ジンと桜田淳子さん似の女性党員チウチウ(メイ・ティン)の濃いラヴロマンス。そして、彼ら革命闘士と関わる租界暮らしのアメリカ人医師ペインの物語でもある。

根本的に、革命に命をかける心情が分かろうにも分からないのだけれど、好きになった人の思想に染まって「革命」という名目に嵌っていくパターンが割と多いのではないの? と思わせる映画。
革命の先にある理想の実現への志や情熱は、思想を深く理解したものというより、本来の動機は、理由なく好きになっちゃった人と共にありたい思いではないか。
と、この映画が見せているとすれば、そこであたしはまた映画に操られたわけだ。

7年前に行った上海をチラチラと思い出しながら、上海ブームは終わる気配。
上海ブームの本当のところは、上海一の思い出となった娯楽施設場・上海大世界(游楽中心)の華やかなりし頃が出てくるんじゃないかと期待したから。
ドアのないトイレを初体験した場所、「大世界」。
高校の文化祭レベルのモダン・ダンスにドリンク代を払う派目になった、怪しくも健全な遊戯場。
あの歴史を匂わす建物が出てきたのかどうか、結局、分からなかった。

今週は、いよいよヘレン・ミレンのエリザベス『クィーン』を観る予定。
続いて『マリー・アントワネット』が来れば、王室シリーズになるのだが。
ひとりブームはどこへ飛び火するのやら。


io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ


   
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男子の評価があがるとき

編集者のクマさんお得意の大鍋料理のシーズン到来。
鶏肉とキャベツにタマネギ、人参、ごっそり刻んだセロリに、トマト缶をバシャっと鍋に開けてグツグツ煮込む。
煮込んでいる最中に味見をしたら、体に沁みることこのうえなく美味い。
事務所パーティのお客さんが来る前に、小皿にガーリックライスを盛って、トマトスープ猫飯をする。
で、スパークリングワインに黒ビール、『神の雫』というマンガで紹介されたよいう「モン・ペラ」の赤ワインをお土産にいただき、呑んで食べて、仕上げに生パスタのペペロンチーノ。気分はゴージャス。

翌日は一拍置いて、昨夜またしてもイタリアン。
と、イタリアン率、高し!
イタリアンは、気楽に食せるところが好きなのだ。

顔なじみになりつつある近所のイタリアンの店。
ホールの男子くんが、自分の担当じゃなくても目で挨拶をしていく。
と、評価があがるわけだ、これが!

「メニューには載せてないんですが、今日は○○があります」
こんな言い方をされたら、
「じゃあ、それ!」
ここで、また評価があがるわけだ、これが!

わたしの評価で彼にいいことがあるわけでもなく、評価をあげているこっちの気分がいいだけのこと。

この店に、先月、クマさんの息子の巧くんを連れて行ったときのこと。
食べたいけどお腹いっぱいだったので、ジェラートもティラミスもパスしてカプチーノで終わらせようとしていたところに、「どうぞ!」と巧くん。
まだ手をつけていないティラミスの皿を差し出される嬉しさよ。
手をつけた皿を回されるのと、まっさらな状態で差し出されるのは違う。
ここで、評価があがるわけだ、これが!
勝手なものだが、評価なんてこんなものでしょ。

◆自分のアピールより、相手へのサービス。

息子がティラミスを差し出せば、次いで父のジェラートも差し出される。
評価が高まる父と子です。


io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ

🌏3年前の今日の日記 <ベンチと話す男


   
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キリギリシャンの優雅とは

今夜の熱海湯はラベンダー風呂。

旅館の蕎麦殻枕ほどの布袋に、たっぷりラベンダーが入っていて、大きな湯船に浸してあった。
スーッと刺激のあるいい香りをクンクン、クンクン。

ラベンダーと言えば、『時をかける少女』。
クンクン、クンクン。
クラ~リ。

意地汚くクンクンし続けて、時をかける前にのぼせそうになる。

冬の乾燥の季節は、水を入れた鉄鍋にラベンダーをパラパラと浮かべ、電磁調理器で煮立たせて加湿器代わりにすることがある。
ラベンダーオイルを使うよりずっと強力に香り立つ。
そろそろやってみようかな。

ラベンダー湯のおかげで、今夜はまったく湯冷めしません。

これからDVD2本立て。
映画のお伴は、安い箱ワインに、クボカヨ嬢の置き土産の6Pチーズとレアチーズケーキの残り。
気分は貴族並みに優雅このうえなし。

ioWEB
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“もし”はない

過去を変えることで今を変える。

こういう題材を扱った映画や小説は、そんなことは在り得ないとは思っていても、どことなく実際にあるような気もしてしまう。
映画だと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか『バタフライ・エフェクト』。
今週観たのが『デジャヴ』。
フェリー爆破事件の捜査に協力することになったデンゼル・ワシントン扮するATF(アルコール・タバコ・火器局)捜査官が、FBIが開発した極秘装置を使って、事件発生以前の過去のパズルが変えられるか、というストーリー。

今も刻々と“今”は塗り変わっている最中で、と書いたことも過去になっていく“今”。

“今”という大きなパズルの一片をそれぞれが担っていて、その中の一つ(一人)の行動もしくは選択を過去に遡って変えたら、“今”はどうなっているのか?
映画のように観ることができれば、いくつもの“今”が出来あがりそうで興味深いけれど実証のしようがない。
過去を変えると本当に今は変わるのか?

何度か思ったことがある。
未来から見れば過去に当たる“今”の流れを変えてみようかと。

会社を辞めるときも思った。
辞めるという決断は、もちろん自分の意思ではあったが、感覚としては、意思を導き出す状況の流れに背中を押された感じ。
そこで決断を翻すと、意思に反する未来の道ができていくのだろうか。
それとも、もっと背中を押されて、どうにもこうにも意思のとおりに進まざるを得なくなるのだろうか。
辞めない選択もできるぎりぎりの時点まで、流れに反してみたい衝動に駆られていたけれど、結局は意思が先行して、「辞めます」と言うのを止める力が働かなかった。

他にも、試そうとしたことがある。
ある仕事を請けて作業を進めている最中、試してみたい衝動に駆られた。
もし、やるのをやめたら……。
そう考えると悪戯をしでかす直前みたいにドキドキして、でも結局はドキドキする感覚を面白がるに留まってしまった。
というのは、避けては済ませられない気が強くしたから。

O・ヘンリの短編『運命の道』で、羊飼いの詩人ダヴィッドは未来の運命を探そうと、住み慣れた地をあとにする。
左の道、右の道、そして本道。
それぞれの道に続く“もし”の行方を、O・ヘンリは皮肉っぽく終わらせる。

◆“もし、あのとき”の“もし”はない。

“現在”という次元に、過去の“もし”はないと同じ。
じゃあ、“今、もし”の“もし”は?
あるようでないかもしれない。
ただ、やってもやらなくても同じ結論の未来へ続いているとしても、やれることはやったほうがいい。


io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ

   
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生霊デトックス

金曜の夕方、何しろ尋常じゃない震えに襲われ、膝はブルブル、顎はガクガク、歯はカチカチ。葛根湯を飲もうとしても、瓶を持つ手がプルプル揺れて口に当てられない。

「の~ め~ な~ い~ よ~ ぉぉぉぉぉ」

喋ると舌を噛みそうになる。
全身で震えながら、それを自分で笑ってるものだから、はじめはふざけていると思われたらしい。
「ス~ ト~ ロ~ぉぉぉぉぉ」
を取ってもらって、何とか葛根湯を飲み干し、毛布と布団にもぐり込んだ。が、震えが止まらない。むしろ、激しくなってくる。
だんだん可笑しいのを通り越して怖くなってきた。

ひょっとして生霊か何かにやられてる?
尋常じゃないときは、尋常じゃないことを普通に思うものです。
まさか、とは思いつつ、生霊払いになるかと
「ハッ! ガッ!」
と、脅しをかけてみた。
これを4~5回やったら、一瞬ぴたっと震えが止まったから不思議。
でも数秒後には、またカタカタ震えが始まり、弱った体に生霊返しを続ける気力も失せて、とろとろと眠ってしまった。

「何の罰が当たったんだろうねえ、かわいそうにねえ」
そんなことを言われながら、烏骨鶏の卵おじやを作ってもらう。
鶏肉と葱と大根のスープに、フルーツのロールケーキもいただき、親切な看護のおかげで生霊と熱は去ったみたいだ。たくさん水分を摂って汗をかいたのがデトックスになったのか、肌がスベスベしているではないか!

生霊といえば、一人暮らしを始めて間もない頃、電話をかけてきた母親が開口一番、
「昨日、来たでしょ!」
その声が妙に弾んでいて、「わたしは見た!」って口調。
こっそり様子うかがいに行ったならともかく、こっそり行く必要もなく、実際、絶対に行っていないのに、
「いたもの」
と主張する。

「いつ?」
「夜中」
「は?」
「足元に座ってた」

いくら弾んだ声で言われても、気味が悪い。

「寝てるときに来るのは止めてよ」

そう言われても、こっちも寝ていたはずだし、だいいち生霊には意識がありませんから。

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 葉月いお

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―魚の庭― Photo綴り
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