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「喉元過ぎれば」、青空に黄葉

20121110m.jpg <2012>

町の八幡神社さんにお参りしたとき、
合掌した手の先からスッと気が上に抜けるような、
抜き取られるような、不思議な感じがあった。
それから一週間して、心配していたことが丸く収まった。
  
と、6年前に書いてるけど、
何があったのだろう。
憶えていない。
  
その一週間後に御礼参りに行ったら、
境内に一本だけある銀杏が黄葉していた。
周りの木は紅葉も褐葉もしてないのに、
一本だけの銀杏が金色の木になっていた。
それは憶えてる。

ネガティブ族のわりには、
不安だったことや苦労に思ったことを忘れてしまう性質かもしれない。
「喉元過ぎれば」のタイプ。

で、「わー!」て、
つい声が出てしまうような感動したことは、
けっこう、残っている。
そういうタイプ。
    
青空に黄葉。



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🌎
十歳ほど上の校正のおねえさんが、お酒の席でうっとりした声で言ったのをたまに思い出す。
「あたしさぁ、死ぬときは、『ああ、あれもしたかった、あんなこともしたかった』って思いながら逝きたいのよねぇ」
そのときは、「後悔しながら逝きたい」と言ってるようで不可解だったが、時が経つにつれだんだん分かる気がする。
この世への愛しさを籠めていたのかと。
・・・<🌞 いとしき日々



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🐟
駅を出ると、何て青い空!
街路樹には何て艶やかな赤い実!
晴天の空と、鮮やかな秋の実の色に、平日温泉のちょっとした罪悪感が払拭される。
「ワインを飲んでる時間を無駄な時間と思うな」とはユダヤの格言。
ゆえに、温泉に来るのも無駄なことではないはず。
・・・<🍃 赤い実、何の実、よき一日





io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ


    

秩父の聖神社さん

探していたのは、黄色の小ぶりの風呂敷か、黄色の大判ハンカチ。
そしたら、聖神社さん(銭神様)の金運ハンカチというのが出てきて、

金運ハンカチ
金運ハンカチ

「これ、いいなあ、きれいだなあ。」
そう思って、買うなら、お参りして買いたいと、聖神社さんの場所を調べてみたら「行けるじゃん!」となって、早速、お参りに。

⛩ ~ 銭神様・聖神社 さん ~ ⛩
埼玉県秩父市黒谷2191 Map

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聖神社さんの創建は、飛鳥時代(592~710年)。
秩父の黒谷で、日本初の和銅(ニギアカガネ)が出てきて、和銅をご神体とする神籬(ひもろぎ)をつくり、金山彦命(かなやまひこのかみ)を祀ったことに始まる神社さん。
高純度の和銅は朝廷に献上され、当時の元明天皇(女帝)は、献上を受けた日に元号を「和銅」に改元(慶雲5年(708年)正月11日)。秩父の地に勅使を派遣して祝典を挙げたのち、和銅元年(708年)2月13日、現社地に神籬(ひもろぎ)を遷(うつ)した。
和銅(自然道)を主神とし、金山彦命に加え、
国常立尊(くにのとこたちのかみ)、
大日孁貴尊(おおひるめのむちのかみ=天照大神 あまてらすおおかみ)、
神日本磐余彦命(かむやまといわれびこのみこと=神武天皇 じんむてんのう)、
を4柱のご神体とし、元明金命(げんめいかがねのみこと=元明天皇)を合祀。
その年の、和銅元年8月10日(708年8月29日)には、日本で最初の流通貨幣と言われる「和同開珎(わどうかいほう、わどうかいちん)」が鋳造・発行された。
(境内案内資料、Web資料まとめ)

📝カトリックの巡礼地、フランスのモン・サン=ミシェル修道院の起源となる礼拝堂がつくられたのも708年。

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和同開珎ゆかりの神社さんなので「銭神様」とも呼ばれ、金運ご利益のパワースポットとして知られているので、平日でも参拝者が続々と来ます。

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大きな神社さんではなく、駐車場スペースは7~8台。
境内にゆったり長居する雰囲気ではなくて、人が入れ替わり立ち代わり流れてる感じ。
「お金の出入り」のイメージになっているのかも。

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近くには、和銅遺跡・和銅採掘露天掘跡がある。
いつもの「ふとした思いつき」の「ふとワーク」で向かったので、今回は神社さんだけで終わりにした。

買おうと思っていた金運ハンカチは、境内の売店に見当たらなくて、代わりに黄色い宝くじ入れを購入。宝くじは買わないので、通帳と昔のお札入れにしている。
 
探していた黄色の小風呂敷か黄色の大判ハンカチは、結局、入手していないまま。
探し物のおかげで、秩父の聖神社さんを知り、行ってきたところで終わっている。

そういうことって、よくあるでしょ。



io日和> <魚の庭> <ゼロ✦プラ



   

何もない所

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“町”の人たちは、この“町”を「何もない所」とよく言う。
それを聞くたびに、こっちは大きく「えーーーーっ?!」とリアクションしてしまう。

「何もないどころか、すごい所です」
今度は“町”の人のほうが「え?!」という顔をする。

その「え?!」が、まるでまさかの「え?!」ではない。
微妙に照れた嬉しさが混じってる。

都心から、この“町”に来て一年半を過ぎた。
川はきれいだし、小山はあるし、一年中、花が見られて鳥もたくさんいる。
最近では、キジを探して歩いている。
こんな生活が、自分の未来にやって来るなんて、想像もしていなかったし、望んでもいなかった。
なのに、なぜ?
と、ときどき思う。

住む場所を変えるというのは、その土地の神さまに迎え入れられるということ。
たった一つ見つけた面白い物件を試しに見せてもらいに来たとき、ドアを開けた瞬間に陽射しいっぱいの環境に心を捕まれてしまった。
でも、一見「何もない所」に、生活が不便なのではないか、退屈するのではないか、身動きがとれなくなるのではないか、と頭で考える不安と恐れに襲われてジタバタしたものだ。
神さまは、面白おかしく見ていたかもしれない。

この“町”は、一見「何もない所」。
「何もない所」の豊かさに魅入られて、日々喜んでいる姿を、神さまはまた面白おかしく見ているのかもしれない。

★ <魚の庭> 「部屋に満月」
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ioWEB> <魚の庭

・2年前の今日の日記 「連休前に」
・4年前の今日の日記 「会社員には戻れません」

神さまがいる人、いない人

世の中には、神さまがいる人といない人がいる。
神さまという存在がいるのか、いないのか、ではない。
その人が、神さまと一緒にいるか、そうでないか、なのだ。

神さまと一緒にいること。
神さまに心を寄せて生活すること。
それが、神さまがいる人の生き方になる。

人との中で、自然の中で、傍若無人な振る舞いをするのは、神さまがいない人なのではないだろうか。

神さまなんて、いるわけない?
神さまといる人には、神さまはいてくれる。
神さまといない人には、神さまはいても、感じることもなく存在としていないのだ。

★ 今日の<魚の庭>は こちら 「早春・冬枯れ散歩道」
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★ 今日の<お陽さまコレクション>は こちら 「参道のお陽さま」
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ioWEB> <魚の庭
・2年前の今日の日記 「トモくん便り」

梅の春

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去年の今頃は、“町”の小山に天満宮さんがあることじたい知らなかった。
なので、小山の中で天神さまの梅を見ることもなかった。

今年は、梅の花咲く天満宮さんの小さな境内を思い描いては梅の季節を楽しみにしていた。

「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」

天神さまといえば、梅だもの。


★ 今日の<魚の庭>は こちら 「一つ咲く」
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ioWEB> <魚の庭

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 葉月いお

Author: 葉月いお
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