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何もない所

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“町”の人たちは、この“町”を「何もない所」とよく言う。
それを聞くたびに、こっちは大きく「えーーーーっ?!」とリアクションしてしまう。

「何もないどころか、すごい所です」
今度は“町”の人のほうが「え?!」という顔をする。

その「え?!」が、まるでまさかの「え?!」ではない。
微妙に照れた嬉しさが混じってる。

都心から、この“町”に来て一年半を過ぎた。
川はきれいだし、小山はあるし、一年中、花が見られて鳥もたくさんいる。
最近では、キジを探して歩いている。
こんな生活が、自分の未来にやって来るなんて、想像もしていなかったし、望んでもいなかった。
なのに、なぜ?
と、ときどき思う。

住む場所を変えるというのは、その土地の神さまに迎え入れられるということ。
たった一つ見つけた面白い物件を試しに見せてもらいに来たとき、ドアを開けた瞬間に陽射しいっぱいの環境に心を捕まれてしまった。
でも、一見「何もない所」に、生活が不便なのではないか、退屈するのではないか、身動きがとれなくなるのではないか、と頭で考える不安と恐れに襲われてジタバタしたものだ。
神さまは、面白おかしく見ていたかもしれない。

この“町”は、一見「何もない所」。
「何もない所」の豊かさに魅入られて、日々喜んでいる姿を、神さまはまた面白おかしく見ているのかもしれない。

★ <魚の庭> 「部屋に満月」
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ioWEB> <魚の庭

・2年前の今日の日記 「連休前に」
・4年前の今日の日記 「会社員には戻れません」

神さまがいる人、いない人

世の中には、神さまがいる人といない人がいる。
神さまという存在がいるのか、いないのか、ではない。
その人が、神さまと一緒にいるか、そうでないか、なのだ。

神さまと一緒にいること。
神さまに心を寄せて生活すること。
それが、神さまがいる人の生き方になる。

人との中で、自然の中で、傍若無人な振る舞いをするのは、神さまがいない人なのではないだろうか。

神さまなんて、いるわけない?
神さまといる人には、神さまはいてくれる。
神さまといない人には、神さまはいても、感じることもなく存在としていないのだ。

★ 今日の<魚の庭>は こちら 「早春・冬枯れ散歩道」
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★ 今日の<お陽さまコレクション>は こちら 「参道のお陽さま」
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ioWEB> <魚の庭
・2年前の今日の日記 「トモくん便り」

梅の春

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去年の今頃は、“町”の小山に天満宮さんがあることじたい知らなかった。
なので、小山の中で天神さまの梅を見ることもなかった。

今年は、梅の花咲く天満宮さんの小さな境内を思い描いては梅の季節を楽しみにしていた。

「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」

天神さまといえば、梅だもの。


★ 今日の<魚の庭>は こちら 「一つ咲く」
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ioWEB> <魚の庭

宮司さんの教え「御札は脱がして」

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元旦は早々に、町にある郷社・八幡神社さんへ初詣。

町にはあちこちに神社さんがある。
去年は引っ越したばかりで、いったいどの神社さんが氏神さまに当たるのか謎のままだった。
町で土地をいっぱい管理している大家さんに聞いても、「うーん、神社、いっぱいありますから!」と明るい声で言われて、それじゃあちっとも答えになってない。
それから半年、昨年6月に入って見つけたのが郷社八幡神社さん。
いつもはあまり人を見かけない神社さんだが、正月とあって、次々に参拝の人たちが現れる。

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町の八幡神社さんの御札をいただいてくるのが、年始めのミッションだ。
昨年は、年末にお参りに行った北口本宮富士浅間神社さんの御札一枚に相当頑張っていただいた気がしている。
今年は総元締めの天照さんと町の八幡さんにも来ていただいて、さらに強力にお護りお導き願おうという魂胆。2013年のテーマのとおり、「もっと、もっと!」なのだ。
「三本の矢の逸話」もあるしね、「三人寄れば文殊の知恵」とも言うしね。

おっきな神社さんや初詣で有名な神社さんだと、巫女さんや宮司さんの衣装を着けた売り子さんがいるものだが、町の神社さんは一味も二味も違う。
拝殿の横に続く大広間。その縁廊下の窓を開け放ち、御札や破魔矢、お守りなどを広げて置いている。
売っているのは、普通のおじいさん。
宮司さんなのだろうが、ベージュのカーデガンを羽織った普段着で、格式ばった衣装などなし、なし。
お参りを済ませ、ミッションの御札を二枚いただく(買うわけだけど)。
と、「細かいことを言いますがね」とおじいさん(いや、宮司さん)。

「はい!」

(言うてくだされ、言うてくだされ、大雑把者ですから、細かいことを言うてください)

「御札はね、薄い紙を剥がしてね」

(え!? そうなの?)

「お風呂に入るときと同じです」

(脱がすのか!)

御札にきっちり巻いてある障子紙みたいな薄紙。
あれは剥がすのだそうですよ。

柱に張って祀ったり、どこかに立てかけておく場合などは、御札が汚れないようにそのままでもよいそうです。
あの薄紙は、家や事務所などにお祀りされるまでの間に人の手を経由するので、不浄から御札を防ぐためのもの。神棚に収めるときは、剥がして(脱がして)使うとのこと。

御札を買う他の人には言わないことを、わたしには言ってくれる宮司さん。
ものを知らないように見えたのだろう。
知りませんとも。知らなかったですから。
神さまが「この人に教えたって!」と宮司さんに言わせたのかもしれない。

正月早々、無知を一枚剥がしていただき、御札も薄紙を脱いで文字がはっきり見える。
昨年から障子紙(のような薄紙)を着たままの浅間神社さんの御札も脱がせてみると、まあ! アマゾン・ユーズド商品でいうところの「新品同様」。
こうなると、富士の浅間神社さんまで新しい御札をもらいに行くべきか、迷ってしまう。
富士に行くには、笹子トンネルを通るんだよね。
ああ、悩ましい。

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ioWEB> <魚の庭
・2年前の今日の日記 「ちっさい神社さん」
・3年前の今日の日記 「2010初」
・4年前の今日の日記 「洗濯日和」
・5年前の今日の日記 「“変”な年の予兆?」

神さまのお遣い

乾いた田んぼが続く景色の中を、考えごとをしながら歩いていた散歩の道中。
「ああなのかなぁ、こうなのかなぁ」と思うところが頭をめぐる、そんなとき、いきなり視界に目を見張るものが現れた。

鮮やかな彩りのその姿に、一瞬「クジャク?」と声を発していたが、頭の中に「キジ」の文字が浮かんだ。
キジだ。

それまでどこにも目に付かなかったきれいな目立つ姿で、いったいどうやって来たのか……。
キジというのは妙な現れ方をするものらしい。知人である小説家のT氏と編集者氏が取材の地で遭遇したときも、いきなり湧いて出たように目の前にいたのだと聞いている。

空間の隙間から、ひょいと出てきたように現れたキジは、道路に近い田んぼの中を悠々と歩いている。
カメラを取り出して撮るべきか、とも思ったが、身動きせず見ていたい気持ちが優先した。

首のあたりの羽毛は艶やかな瑠璃色をしている。
瑠璃色から繋がる光沢のあるグリーンに、鮮烈な赤い部分が、体全体の明るい褐色に際立ち、黄金色の秋の中に美しさをくっきり浮かびあがらせている。

こんなことが起こるんだ。
動物園かどこかで見たことがあったかもしれないが、野生のキジにお目にかかるとは。

しばらくの間、手を合わせたくなるほどの美しい姿を見守っていると、ツツ、ツツツツツ、キジが背の高い草むらに向かって走り出した。
けっこう足が速い。
姿が消えかかるところで、ようやく撮ってもいいような気がして、遠くからカメラを向けた。

撮れたには撮れたけど、保護色でほとんど分からない。
部分拡大してみたが、実際にこの目で見た美しさは画像の比ではなかった。

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キジは神さまのお遣いとも言われる鳥。
あの姿を見たら、考えごとなんかぶっ飛んでしまった。
頭の中の靄が払われて、「ああだろうか、こうだろうか」は惑わされていただけと分かった。

神さまはときどき、こっちが思い付かないやり方で、ハッとさせて楽しませてくれる。

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・4年前の今日の日記 「「泣いた赤おに」考」

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 葉月いお

Author: 葉月いお
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―魚の庭― Photo綴り
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